より「現実的」な教育の情報化へ
──「学力向上」「意欲・関心」「情報モラル」
現実的な課題を解決するICT活用を
富山大学人間発達科学部 高橋 純氏 |
メディア教育開発センター 堀田龍也氏 |
新学習指導要領を受け、「情報教育に関する手引」が改訂される。この10年間の「教育の情報化」が反映されたものになることが予想されるが、草分け時代より「教育の情報化」に携わってきた堀田氏と、インターネットが登場した頃から研究を進めてきた高橋氏に、これまでの10年を振り返って頂き、その成果と課題から今後の行方を探る。
ICT活用の目的が変わってきた
高橋 100校プロジェクトがスタートしたのは、ちょうど私が学部生の頃でした。教育の情報化に興味がありましたし、たまたまインターネットにつなげる仕組みについて技術的なサポートに関わることになったのが今に至るそもそものきっかけでした。
当時の熱気はすごかった。世界とつながる仕組みを使えば何かが劇的に変わるかもしれない、というものすごい期待感があったと思います。その頃インターネットと教育などに関わるイベントや研究会にはほとんど出席、大学や現場の先生方から多くのことを学びました。
堀田 現行の学習指導要領が作成されたのは、インターネット活用が大きくクローズアップされていた頃。子どもたちが調べてまとめて伝える活動にICTを使う、というストーリーが大きく注目を集めていました。
同時に、行政的には地方分権が進んでおり、ICT整備の予算も地方交付税となって各市町村の判断となる時代を迎え、ICT環境のために配分された予算が違うところに使われてしまうという逆風が続きました。
高橋 当初、インターネットの活用は、コミュニケーション力といった指導に時間がかかる高次な学力育成を目指していましたよね。電子メールやテレビ会議などの機器もまだ珍しく、普通の先生には操作も難しいものでした。このようなことも広く浸透しにくかった理由のひとつではないでしょうか。
堀田 そうですね。今後は、逆風の期間、ICT活用実践や環境整備において大きく諸外国から遅れをとった現実から出発、予算は潤沢とは言えないなか、優先順位を決めてどこから急いで取り組むべきか、考えていく必要があります。
高橋 今日では、学校に導入された様々なICT機器を如何に普段の学習指導に生かし学力向上に役立てるのか、という、より地道な使い方が注目されてきています。ICTが教室に入ることによって基礎基本の指導の効率を上げ、効果を上げる。新学習指導要領もそういうトーンです。
例えば、子どもたちが実際に1つの問題を理解する時間はそう大きく変わることはありません。しかし、ICTを活用すると、教科書の図や表を説明するときなど、短い時間でわかりやすく説明ができます。そして、繰り返し学習するための時間を確保できる、という面が利点ですね。
堀田 「夢」を追っていた時代から「現実的な」ICT活用にシフトしている、というのが新学習指導要領。教室が今抱えている問題を、ICTがあると、解決できたり、いい方向に進むよね、そういった観点から出発する必要があります。ICT活用により子どもが授業に参加しやすくなる、先生が教えやすくなる、全員がしっかりと習得する、ということが大切。著作権教育や情報モラル教育なども大切な学習になっています。
高橋 学校現場に地道で確実なICTの活用方法を提案してきたという点で、堀田先生の活動の方法に見習う点があります。子どもがどんな活動をしたらどういう力がつく、というイメージを最優先した授業研究や教材開発、それを現場の先生方と一緒にやっていく様子は、大変刺激的です。
堀田 これまで様々なことに取り組んできて、改めて、学校現場を変えること、一人ひとりの先生の授業を変えることは、そんなに簡単なことではないと実感しました。
そこで、誰か一人が物凄く成長する試みではなく、一人ひとりの先生が少しずつでも良いから成長に向かって変わることを念頭にしています。
ほんの少し変わるだけでも、全員が変われるならば、これは大きな変化。決して派手じゃなくてもいい。全ての教員が確実に半歩進む、という仕事をしたいですね。
高橋 すべての先生がやりたくなってしまう、あるいはやったほうが良いと感じるICT活用、ということですね。
インターネットを活用し、他校や海外と交流することは素晴らしいこと。その一方で、日々の授業、毎回の授業に効果があるICT活用を提案していくことも重要です。先生方が日々困っていることを解決するためのICT活用です。
堀田 ある優秀な子どもがコンピュータやインターネットを使ってものすごくクリエイティブな活動をした、というのも人材育成の目標のひとつであり、確かに推奨すべき動きのひとつ。しかし多くの教員は、それほど勉強に興味を持たない子どもたちを前にし、そんな子どもたちが「わかった!」とつぶやく瞬間に喜びを感じるもの。その瞬間をどうすれば如何に多く獲得できるのか、そこを私が担当していく、というつもりで研究を進めています。
教室の子どもたち皆が積極的に発言し、皆がきちんと意見を聞き、皆が意欲的に基礎学力を定着させていく。そんな教室の雰囲気や環境作りに、PC、プロジェクターや実物投影機、デジタルコンテンツが役立つ、ということを実感として理解した先生は、年齢に関係なくICTを毎時間活用していくようになっていきます。
「すべての教員による日常的なICT活用」を基本方針としている富山市立山室中部小学校で11月末に行われた公開研究会には、全国から400名の教員が集まりました。
また、パナソニック教育財団の研究助成で制作した「ICT活用スタートアップ・リーフレット」は全国から依頼があり、1万6000部を送付しています。中には教職希望の学生全員に配布した大学や、研修に来た先生全員に配布する教育センターもありました。
ICT活用の新たな局面を迎えている、と考えることができるのではないでしょうか。
「情報モラル」安心して取り組める教材を
堀田 「現実的」ということで、「情報モラル教育」はその最たるもの。インターネットや携帯電話を使わない子どもがいないといえる今、家庭での指導はもちろんですが、学校でも取り組んでいかなければなりません。
そこで課題となるのが、教員にとって使いやすい「教材」。キーワードは、「すべての先生が取り組める情報モラル教育」です。
高橋 交通安全教室は必ず学校で実施されています。情報モラル教育も同じで、浸透しきって当たり前になるまでは、学校でも取り組んでいく必要があります。特に、全ての児童生徒に指導が必要なことは、予防のための情報モラル指導でしょう。
堀田 どのような教材を提供すれば教員が安心して取り組めるのか。
教員があらかじめ知識を得、事前にいろいろ調べて初めて取り組める、という教材では、現実的ではありません。子どもと一緒に見て一緒に考え、まとめていく、というスタイルがいい。
さらに、先生自身でまとめにくいテーマの場合に備え、まとめの映像があれば安心。その教材があれば安心して情報モラル教育ができる、というコンセプトで作成したのが、情報モラル教材「事例で学ぶNetモラル」です。
高橋 予防のための情報モラル指導の場合、細かく情報社会の問題点について説明していく内容よりも、児童生徒のこれまでの生活経験や、道徳的な知識や経験に訴えて、事例を通して葛藤させたり考えさせたりする教材を選ぶことが大事。課題が提示されるアニメーションを見ると議論したくなる、そんな形式になっていると感じました。
堀田 全国すべての教員が使うことを想定、教科書のノウハウをモデルとし、課題について思わず意見交換をしたくなる、そんな「寸止め感」を大事にしました。
至れり尽くせり過ぎるのでは、という意見もありましたが、情報モラル教育がすぐに取り組むべき課題であり個々の先生の授業蓄積が少ない、ということを考えると、この状況に適合した教材でなければ使ってもらえません。全ての先生がすぐに取り組むことができ、さらに授業を進めること自体が教員自身の研修になる、という面も教材に盛り込んでありますので、安心して取り組んで頂きたいですね。
【2009年1月1日号】