子どもの心とからだの健康

いじめは不安の現れ

「いじめ」問題

ハートコンシェルジュ
常務執行役員
向後 善之さん

  いつまでたってもあとを絶たない「いじめ」問題。小さないじめから、被害者が自殺にまで追い詰められる深刻ないじめまでさまざまあるが、いじめられたほうが心にも体にも傷を残すことは間違いない。一方、いじめる側の心理とはどんなものなのだろうか。筆者の周囲では、子どものころいじめに遭った人の話は聞くが、いじめたほうはあまり話したがらない。両方の心理を、長年のカウンセリング経験をもとに、臨床心理士の向後善之さんに解説してもらった。(レポート/澤邉由里)

いじめる側の心理とは

■恐怖を隠すために 個人を攻撃する

‐いじめのメカニズムとはどのようなものでしょうか。

  私は、実はこれは子どもの問題ではなく、大人の問題だと思っています。

  大津の事件での教育委員会の記者会見で、彼らは「いじめと自殺との因果関係はなかった」と皆さんが同じことを言いました。「一人だけ違うことを言ったら大変なことになる」という雰囲気を感じませんでしたか。一人だけ違うことを言ったらバッシングに遭うというのがいじめのメカニズムです。

  また、弱いものは叩いてもいいという風潮が大人の中にあるのも問題です。メディアでは毎日のように有名人のバッシングをしていますが、明らかに行きすぎという場合が非常に多い。そんな状態を常に見ていたら、子どもが「弱い人間は叩いてもいい」と勘違いしても仕方がないですね。

‐大人の問題行動で相談を受けたことはありますか。

  モンスターペアレントに被害を受けた人がうつや各種障害を引き起こしてカウンセリングを受けに来ることは多いです。子どもの悪事をたしなめたら、「うちの子がそんなことをするわけがない」と言い張って、相手側に嫌がらせをする場合が多いですね。

  また、会社内いじめも結構あります。自分よりも仕事ができる部下を疎ましく思い、些細なことで叱責したり貶めたり、会社に居づらくしたり、大人とは思えない行動です。ハラスメントをする大人が増えているのです。

‐なぜハラスメントをするのでしょうか。

  「不安」があるからです。ハラスメントをする人には、「恐怖反応が見られる」「相手の目を見ない」「口元に妙に力が入っている」という特徴があります。

  恐怖反応には「ファイト(攻撃)・フライト(逃亡)・フリーズ(凍りつく)」があって、その中の「ファイト」がハラスメントとなります。攻撃をすることで自分の恐怖を隠すという行為です。「自分が上でお前は下だ」と示すことによって、かりそめでも恐怖から目を逸らしているのです。一種のパワーゲームですね。子どもの場合は、それが「上→下」よりも「人数→個人」という図式になるのです。

■想定外に対応できる クライシスマネジメント

‐子どもが持つ不安とは何でしょうか。

  現代の親は「転ばぬ先の杖」をやりすぎています。なるべく喧嘩をしないように、怪我をしないように育てていますね。それは大事にされているのではなく、失敗する権利を奪われているのです。人は必ず失敗します。しかし失敗に慣れさせてもらっていないから、失敗に対する不安が強いのでしょう。

  現代人は一生懸命リスクマネジメントばかりをしています。しかし「危険が起きない」ということはあり得ません。世の中は想定外のことばかり起こるのです。カウンセリングの世界では、リスクマネジメントではなくクライシスマネジメントを重視しています。患者さんがアクティングアウト(※1)した時にどうするか、そういう対応を知っておけば、想定外のことが起きても対処できます。そういう訓練があまりなされていない。それが全体的な不安を強くしています。

  大人社会からのダブルバインド(※2)もあると思います。子どもには「人は皆、平等だよ」と教えますね。しかし現実には、たとえば偏差値に縛られるなどの不平等があります。子どもは現実を直視できず、それが不安を加速させているのではないでしょうか。

  不安が強くなると、「俺たち同じだよね」という確認作業が始まります。そして大勢で一人を攻撃して「あいつはだめだけど、俺たち大丈夫だよね」というかりそめの満足を得るのです。

■いじめる側へのカウンセリング

‐いじめ問題で傷ついた子どもたちにはどんなケアが必要ですか。

  私はいじめる側にもいじめられる側にもカウンセリングが必要だと思っています。しかしここへは、圧倒的にいじめられた側がやってきます。

  いじめる側に問題があるのは子どもより親で、カウンセリングを行っても「うちの子は悪くない。こんなところに来ると子どもが変になる」とかたくなに否定して、来させなくなってしまう場合がほとんどです。

  ひどいいじめを受けている子は、心が折れる前に相談してほしいと思います。たいていの子は、駄目になる寸前なのに、学校へ行こうとします。また親も「まだ大丈夫かもしれない」という期待を持ちます。相談に来た人たちに、私は「今乗っているレールから外れる覚悟をしてほしい」と言います。レールから降りてもいい。必ずほかのレールがあります。そして親は、それまで頑張ってきたことをほめてやってほしいと思います。

  いじめはなくなりません。ですからリスクマネジメントではなくてクライシスマネジメントをしてください。

※1 心理治療中に生じる患者の心的葛藤や抵抗が主に治療場面以外の言動に表れること。行動化
※2:二重拘束。二つの矛盾した命令を受け取った者が、その矛盾を指摘することができず、しかも応答しなければならないような状態。

【2012年8月20日号】

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