教育家庭新聞・健康号

子どもの心とからだの健康

アートの力で心を癒す

 色彩心理学者・末永蒼生氏とプロデューサー・江崎泰子氏が共同代表として1988年に設立した(株)ハート&カラー。目的は、色彩表現、アートを通して子どもから高齢者までが心を元気にする方法を提案していくこと。現在は色彩心理とアートセラピーを専門に学ぶ講座「色彩学校」の運営や「子どものアトリエ・アートランド」の全国展開、企業のメンタルサポート、心理効果を配慮した福祉施設の色彩計画にいたるまで幅広い。この「心と色」の専門機関が東日本大震災の被災者のためにアートセラピー(芸術療法)のボランティア活動を展開している。(レポート/中 由里)

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ハート&カラー代表
江崎泰子さん(右)
「アート&セラピー色彩心理協会」事務局
馬目佳世子さん(左)

被災地でケア活動展開

阪神の経験を生かして支援

‐どのような経緯でボランティア活動を開始したのですか。

 江崎 私たちスタッフも地震の大きな揺れにショックを受けましたが、東北の様子が伝わってくるにつれ、自分たちがショックを受けている場合ではない、何かできることをしなければと思い始めました。それで震災の3日後には「色彩学校」の修了生ネットワーク「アート&セラピー色彩心理協会」で呼びかけて、「東日本支援クレヨンネット」を立ち上げ、ボランティア活動を開始することを決めました。

  私たちは阪神淡路大震災のときにもアートセラピーのボランティア活動を行っており、その経験が生きました。当時は「空とぶ子どものアトリエ」という名称で、避難所や学童施設など被災地のどこかしらで出張アトリエを1年間続けました。
子どもたちの絵には最初、ものすごいショックを吐き出すような表現が出ていましたが、回を重ねるごとに精神的に安定し、前向きな気持ちになっていったのが絵の中にうかがわれました。また絵を描くこと自体が子どもたちの心の安定に役立っているということが実感できました。特に幼い子どもは言葉で思いを表現することがあまりできないので、こうした自由表現の中に言葉にならない思いが表れてくるのだと思います。

  1年間関わることで、自由表現できる場の必要性が実感できましたし、ボランティアの組織作りや運営も学べましたので、その経験が今回もずいぶん役に立ちました。

‐今回の震災では何から着手したのですか。

  江崎 東北にいる協会員の安否確認から始まって、仙台・盛岡などでやっと電話が通じたのが13日、その電話で自分たち自身も被災しているというのに、もうあちらから「何かしなくてはいけませんね」という話が持ち上がりました。発災当初は道路も分断されていて私たちがすぐ現地入りすることができませんでしたが、画材を調達して送ったり、交通費を提供したりして、現地の協会員が動きやすいようにしました。

  馬目 第1回目のボランティアは盛岡で3月27日と4月2日に行いましたが、その時は宅配便さえ機能していない状況で画材が届けられず、印刷所で紙を分けてもらったり、地元の協会員の持ち寄りで開催することができたのです。参加者は子どもに限定せず、あらゆる年齢の方に門戸を広げましたが、被災後約半月の開催にもかかわらず、2日間で約70人が参加するという盛況でした。

粘土遊びに リラックス効果

‐費用、ネットワーク作り、告知などはどうしたのですか。

  馬目 まず「クレヨンネット」を立ち上げたことを皆さんに伝え、「色彩学校」でアートセラピーを学び、ボランティアとして動ける人に登録をしてもらって各地でグループを作りました。アートセラピーを実施する際の告知は、情報が分断されていますから口コミです。それにもかかわらず初回から多くの人が参加してくださり、いかに人々が「癒しの場」を求めていたかを強く感じました。費用はクレヨンネットで寄付を募ったところ、多くの寄付が寄せられ、日本中の人が「何かをしたい」と思っているのだと痛感しました。

‐セラピーで特徴的なことはありましたか。

  江崎 子どもたちに限っていえば、阪神淡路のときは最初、赤や黒を多用する絵がとても多かったのですが、今回は青を使う子が目立ちました。赤や黒は火災、青は津波のイメージではないでしょうか。また被災地の子どもたちに限らず、例えば東京の子が津波を暗示するような絵を描いている事例もありました。これは繰り返し報道された映像にショックを受けたのかもしれません。

  被災地では実際に人が流されていくのを直接目撃した子もいるのですが、その子の絵には最初はそういう表現は出てこず、最近になって話をようやくするようになったそうです。阪神のときは、まず内面を吐露するような絵を描き、だんだ馬目ん落ち着いていくというプロセスが見られたのですが、今回は、最初は表現することも語ることもできず、気持ちが安定してきてからショックや恐怖が出せるようになってきたのかもしれない。

  馬目 今回は、粘土が人気でした。軽い樹脂粘土なのですが、それで遊ぶことでだんだん気持ちがほぐれて絵が描けるようになるということもありました。

  江崎 粘土遊びにはリラックス効果があるようです。大人でも粘土の触感を楽しむうちに落ち着いてくることがありますが、子どもは特にタッチングの要求があるので気持ちがいいのでしょう。避難所では赤ちゃん返りした子の話をよく聞きました。子どもの「安心したい」という欲求を満たす画材だと思います。

大人の元気が子供の元気に

‐セラピーの効果は実感しましたか。

  江崎 抱えている問題も癒され方も人それぞれです。ただアートの持つ力が大きいということは言えると思います。気持ちのままに色をぬるだけでも「心の新陳代謝」がよくなると感じています。今回の震災でも子どもに比べると大人のケアは見落とされがちですが、大人が混乱していると子どもに影響します。親が元気にならないと子どももいつまでも元気にはなれないので、大人へのアプローチが一つの課題だと思います。

  馬目 福島の場合は、自然災害に加えて人災もありました。被災者が望んでいることは今までどおりの生活を取り戻すことですが、特に福島では先がまったく見えません。問題は大変複雑で心のケアも単純にはいきませんが、大きな制限の中で満たされない生活を強いられている人たちに、自由で楽しい場を提供できることはとても必要なことだと思います。

  数時間の間に、表情のなかった人がみるみる生き生きしていったという場面を何度も見ました。そんな姿を見ると、参加者だけでなく主催者側も元気をもらえたと感じています。

‐今後の活動は。

  江崎 クレヨンネットでは昨年12月の時点で、被害の大きかった岩手、宮城、福島を中心とする被災地のほか、全国各地に避難された方の受け入れ先など、延べ50か所以上で心のケアを実施しました。現在も20か所以上で実施中です。1年間の予定でしたが、終われないと感じています。各地のボランティアにアンケートをとってみたら、1年で区切りをつけられるところもあれば、継続しなければならないと答えるところもありました。

  馬目 今回は被災エリアが非常に広く、被害状況も地震、津波、原発事故と質も規模も違います。より細やかなケアが必要だとも考えますし、1年間限定では対応しきれないと思います。

  江崎 私たちの活動の特徴は、地元の人が中心になって動くということです。今、被災地ではボランティアの数が減ってきていると耳にしますが、地元の人が行うことで継続できるし、自分たちに何が必要か一番分かっています。「クレヨンネット」の事務局としてはそれを支援し、現地の方が納得されるまでボランティアを継続できたらと思っています。

【2012年2月20日号】


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