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子どもの心とからだの健康
いのちの教育に必要なこと

自尊感情と共有体験が鍵

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日本学校メンタルヘルス学会理事長
東海大学文学部心理・社会学科教授
近藤卓氏
(学術博士・臨床心理士)

 現代の日本社会において心のバランスを崩す人が増えていることは、珍しい現象ではない。大人のみならず、子どもにとっても重要な問題であり、学校現場での対応には、教育関係者も頭を悩ませていると推察する。なぜ人は心のバランスを崩すのか? その原因に迫る鍵として、「いのちの教育」研究の第一人者である近藤卓氏は、「自尊感情」をあげる。心の成長の核となる「自尊感情」。新年度を迎える今だからこそ、それが子どもたちの健やかな成長にどう関わるのかを伺った。    (レポート/中 由里)

学校現場に少ない“自尊感情”を学ぶ場


‐最近の子どもたちの心の問題について特徴的なことはありますか

  子ども・大人を問わず、自尊感情の低い人が多いと感じます。自尊感情とは、自分自身を価値あるものと思う感情で、人が健やかに心の成長を遂げるために必要な感情です。

  しかし学校現場では、この自尊感情についてきちんと学べる場がほとんどないのです。以前ある小学校に、「いのちの教育」をテーマにした研究会で講義を頼まれたのですが、自尊感情について現場の教職員に理解をしてもらうまでに大変長い時間がかかりました。

‐自尊感情について解説をお願いします

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  自尊感情には、基本的自尊感情と社会的自尊感情の2つがあります。

  基本的自尊感情とは、「生まれてきてよかった」「自分に価値がある」「このままでいい」「自分は自分」と思える感情です。他者との比較ではなく、絶対的かつ無条件で、根源的で永続性のある感情です。これが弱いと自分自身のいのちの大切さに確信が持てません。

  社会的自尊感情とは、「できることがある」「役に立つ」「価値がある」「人より優れている」と思える感情で、他者と比較して得られるもの。相対的、条件的、表面的で際限がなく、一過性の感情です。

  図に4つのパターンが描かれています。これは人が持つ2つの自尊感情のバランスを表しています。Aは基本的自尊感情が大きく社会的自尊感情が小さい人、Dはその逆、Bは両方とも大きく、Cは両方とも小さいパターンです。

  最も問題があるのはCのパターンで、自分自身を認められない上に、他者からも評価されていると感じていません。ではその隣、Dはどうでしょう。社会的自尊感情は大きいのですが、もし失敗や挫折によってこれがしぼんでしまったら、あっという間にCのところまで落ち込んでしまいます。肝心なのは、社会的自尊感情は他者の関わりによって変動するものであり、基本的自尊感情は揺るぎないものであるということです。

  Aの人は、社会的自尊感情は低いのですが、基本が揺るぎないものなので、努力次第で大きくすることができます。Bの人はどちらも大きいパターンで、いわば自尊感情のあるべき姿、バランスの取れた姿です。しかしたとえ一時社会的自尊感情がしぼんでしまったとしても後々盛り返すことができるのです。

  自尊感情が豊かな人は、自分のいのちが大切であることを知っています。自分のいのちが大切だと思えて初めて、他者のいのちが大切だと思うことができます。つまり自尊感情は人のいのちを考える上でとても大切な土台になるのです。

共有体験の象徴は浮世絵に見られる

‐基本的自尊感情を高めるにはどうしたらいいのでしょうか

  大きな鍵を握っているのはやはり親ですね。親の絶対的で無条件な愛によって、子どもは愛される自分、つまり存在していい自分を見出します。

  そして身近な人との五感を通じた共有体験をすることによって感情をも共有していきます。人が共有体験をする形というのは、並んで一つのものに対峙する三角形を思い描くとわかりやすいと思います。

  例えば子をいとおしむ母、母に守られていると感じる子、2人が並んで何かを味わう、触る、嗅ぐ、聞く、見る、という体験によって感情の交流が生まれます。

  こうした題材は浮世絵に非常に多く、私は日本人が共有体験をする形として象徴的だと考えます。

  こうして和紙を糊で重ねていくように「こう行動していいんだ」「こういう感情を持っていいんだ」という安心を積み重ねていき、やがて強い基本的自尊感情を築き上げるのです。

死を初めて考える高学年がポイント

‐共有体験は親子の間で積み重ねるのが理想ですか。教育関係者にできることはありませんか

  もちろん親子間の共有体験は基本的なものですが、学齢期、社会人になってからも大切な機会があります。

  その中でも、いのちについて考えようとする感情が最も高く、共有体験が大きく影響するのが10歳から12歳の時期だと思います。というのも、人が初めて死への恐怖に気づくのは、その時期がピークという調査結果があるからです。

  ちょうどその年頃の子どもたちを主人公にしてヒットした映画に「千と千尋の神隠し」「ハリー・ポッターシリーズ」「スタンドバイミー」の3つがあります。彼らに共通するのは、年齢、親がいないか頼れない状況であること、死の恐怖を味わったことがあること、友だちと一緒にいのちについて考えること、です。

  人に死といのちがあるということは、誰もが気づき、考えますが、実に扱いかねる問題です。それはあたかも一人では持ち切れない大荷物のようです。

  彼らは仲間とのさまざまな共有体験を通していのちを考え、その大荷物をうまく網棚に載せることに成功するのです。この「棚上げ」こそが、死についていのちについて、絶望的、悲劇的な考えに陥ることを阻止するものと思います。
学校現場では、ちょうど小学校の高学年にあたります。先生方には是非、いのちについて考える共有の場を多く設定することをお願いしたいと思います。



【2011年3月19日号】

 


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