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昔、保健室は、怪我をしたときに手当てをしてくれるところ、健康診断などで子どもの健康を守ってくれるところというイメージしかなかった。しかし現代では、学校現場でもメンタルヘルスの重要性が問われているという。子どものみならず大人の精神衛生についても考えなければいけない状況になっているようだ。子どもたちの心身のケアに当たりつつ、保護者、教員のメンタルケアに早くから着目し活躍してきた玉置養護教諭に話を伺った。 (レポート/中 由里)
小さな不安も軽視せず相談
―これまで玉置先生が一番力を入れてきた保健活動は何ですか
養護教諭は医療的には全科にわたる知識を持っていなければいけません。定期健診や普段の生活で学校内で発見できたことは、しかるべき専門機関での適切な治療に繋げたり、健康な生活習慣を築けるための健康教育などは養護教諭の大切な執務です。そして最も綿密なケアが必要なのがメンタルケアです。つい最近も、幼い子が親の虐待で命を落とすという痛ましい事件がありました。そこまではいかなくても、日々親子関係で悩んでいる方たちがたくさんいます。私は、子どもにも保護者にも、ほんの少しの不安でも軽視せず相談に来てほしい、とずっと保健室の門戸を開いてきました。子どもはもちろんですが、保護者の来室も多いです。三十年近くも活動を続けていますが、相談自体が減ることはないですね。
親子の悩み受けとめて
―子どもたちの相談はどのようなことが多いのですか
家庭内の不安、学校内での人間関係、学習面の問題などさまざまです。「相談があります」といって来ることはなく、子どもたちには、休み時間や放課後は特に担任の先生に断わらなくても来てもいいと伝えているし、教員同士も共通認識しているので、ふらっと気軽に立ち寄ったりします。それでしばらく取り留めのない話をするのですが、何かあるな、というのは雰囲気でわかるんですね。それでこちらから「何かあった?」と聞くこともあるし、私が気にしているのを敏感に察知して、子どものほうから「今なら話せるかも」と切り出すこともあります。「お母さんがお父さんと喧嘩して出ていっちゃった」なんて、突然ヘビーな話を持ち出す子もいます。そして多くの子が「自分のせいだ」と言いますね。「それは違うよ。話を聞かせて」と話を聞き、子どもが「親に言ってもいい」と言うのであればダイレクトに保護者に相談しますし、「言っては嫌だ」と言うのであれば、別の相談事から持ちかけて遠まわしに話を引き出すようにします。また学校内での問題は、子どもは親に言わないことが多いです。だからこそ、校内の大人の誰かが受け止めないといけないと思います。往々にして子どもは辛いことがあると身体化してしまいます。単純な身体的不調なのか、精神面が影響しているのかは、保健室に入ってきたときの表情や雰囲気からも伝わってきます。でも子どもの訴えを受け止め、きちんとバイタルチェックをしながら何が問題なのかを早めに見極めることが大事です。また日常的に授業中の様子や休み時間、給食時の様子などからもキャッチするときがあります。
―保護者の相談は主に母親からですか
そうですね。現代は子育てが大変孤独になっているうえ、女性も働かないと家計を維持していけないという事情もあり、お母さんが疲れ果てているんです。親が追い込まれると、弱い子どものところにしわ寄せがきます。手を上げてしまったり言葉で傷つけてしまったり。多くの方が子どものことで相談したいと言いらっしゃるんですが、話をずっと聞いていると、結局自分自身の問題で悩んでいる方が多いですね。やはりお母さんが元気でないと子どもも元気になれませんので、養護教諭の大事な仕事として受け止めています。
何があっても対応する力を
―メンタルヘルスの問題については長く研究されているのですか
教育相談、特に不登校問題については30年前から研修を積み日本学校教育相談学会の認定学校カウンセラーでもあります。また日本学校メンタルヘルス学会にも13年前の設立当初から所属して研究しています。現在は評議委員も務め、運営にもかかわっています。この学会は、学校関係者の精神衛生について研究し、学校現場を健全にするために寄与するもので、医師、大学の先生、臨床心理士、精神科医、学校教諭、養護教諭、特別支援学校教諭など、幅広い職種の方が所属し、切磋琢磨しています。最近は、子どもと保護者のみならず、教員のメンタルヘルスも危機的状況になっているので研究すべきことは増える一方です。
―兼務などで、養護教諭の責務はどんどん重くなるようですが
学校もさまざまに試行錯誤を重ねて、スクールカウンセリングなどのシステムを組み込んでいますが、養護教諭は学校に一人のことが多く、それぞれがどれだけの力を持っているかが問われる時代なのかと思います。今は法改正がされて、健康相談活動の奨励など、前よりも高い次元のことが求められています。若い世代の方たちは養成課程で、健康相談活動の重要性を学んで来ているのでメンタルケアへの高い意識をもって養護教諭という仕事に取り組めるのではないかと思います。私自身は大変やりがいのある仕事と幸せに感じています。ご相談を受けた方から近況報告をいただくのが何より嬉しいですし、卒業した子どもたちからも進路や結婚の相談を受け、「ああ、やっと自分のことで悩めるときがきたんだな」と感慨深く思います。
養護教諭の仕事の内容が膨らんでいることは確かです。でもそれをどう受け止めてどう活動するかということを議論している間に、子どもたちは毎日生きて、どんどん育っていってしまう。いつどういう状況が生まれるかわからないし、何があっても対応する力を養っていきながら、たおやかな感受性を失わないことが養護教諭の大事な資質だと思います。