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子どもの心と体の健康

子どもの健康な歯を守るために
歯が抜けた時の対処法

安井利一先生 健康な身体づくりに丈夫な歯は欠かせないもの。しかし、むし歯やスポーツなどで、大事な歯を失ってしまうケースは少なくない。そこで、子どもの歯を生涯にわたり守り続けるには、どうすれば良いのか、明海大学歯学部歯学部長である安井利一教授にお話しを伺った。

―まず、子どもの歯を守るために、どのような点に気をつければ良いのでしょうか。

 最近はひどいむし歯の子どもが少なくなっているのは、ご存知でしょうか。昭和50年代は3歳児の80%が乳歯にむし歯がある状態でしたが、最近では30%を切っています。それは子どもの健康な歯を守っていこうという意識が保護者の間に浸透してきたからです。現在は少子化が進み、一人の子どもに目が行き届くということも大きいのでしょう。むしろ、子どもが成長して中学や高校に通うようになり、保護者の手から離れると、重度のむし歯を持つ子どもが増えてくるようです。それというのも、自分で健康な歯を守るには、どうすべきかが分からないからです。「生きる力」とは問題を発見し、それを主体的に解決することですが、歯に関しても自分の身体は自分で守るという意識を根付かせることが大事です。それと、むし歯の子どもは少なくなってきましたが、外傷が原因で歯を喪失してしまうというケースが教育現場では多く見られます。その外傷を防ぐための適切な予防と治療が必要となってくるわけです。

 ―主にどういうことが原因で歯を損傷してしまうのですか。

 園児から小学生ぐらいまでは、廊下を走ったり、階段でふざけたりしているうちに転んで歯をケガすることが多いようです。これが中学生になると部活などの課外活動で歯を損傷するケースが増えてきて、高校生では約8割が課外活動での事故が原因となっています。

 ―子どもの歯が抜けてしまった場合は、どのような対応を取れば良いのでしょうか。

 昔は歯が抜けてしまうと、元に戻せないとされていましたが、現在は的確に対応することで元の状態に戻せることが常識となっています。抜けた歯を元に戻すためには、少しでも早く病院に運び、治療することが、何よりも大切なことですが、そうは言っても治療するまでの間に時間もかかるので、抜けた歯を保存しておくための歯牙保存液を保健室に常備するように勧めています。保存液に歯を浸けておけば、治療までに多少時間がかかっても元に戻すことが可能です。たとえ1本でも歯を失うことは、子どものこころと身体に大きなダメージを残します。歯を失うということは、子どもにとって大変なことだと、周りの大人も理解しておいてください。

―そのように抜けた歯を保存液につけて歯科医に持っていけば、元に戻せるのですか。

 そうです。歯の根の周りには歯根膜という組織があって、その細胞が死んでしまうと抜けた歯は付かなくなってしまいますが、細胞さえ生かしておくことができれば、元に戻せるのです。

 ―その歯根膜が生きているか死んでいるかが大事なのですね。


 例えば抜けた歯を水に浸けてしまうと浸透圧の関係で、細胞が死んでしまいます。できるだけ歯の状態を再植できるようにしておきたいのなら、保存液に浸けておかなければなりません。ですから保存液が置いてあるかないかが、子どもの一生に関わる問題となってくるのです。

 ―外傷により歯を喪失してしまう事故は、多発しているのですか。


 独立行政法人日本スポーツ振興センターが発表している障害見舞金の給付状況によると、昭和63年から平成元年頃にかけては見舞金の約半数が歯の障害に対して支払われたものでした。平成17年度において歯牙障害は106件で全体の24・1%となり昔に比べて減ってはいますが、それでも外貌・露出部分の醜状障害の25・9%に次ぐ2番目に多いものとなっています。また、歯牙障害は3本以上の歯に障害を負った場合に支払われるものなので、1本や2本の歯を失った場合を含めると、かなりの件数になると思われます。これだけ多くの事故が起きているので、それをどうやって防いでいくかに強い関心が注がれているわけです。

 ―そうした歯牙障害を学校現場で防ぐのは難しいのでしょうか。

 まず、自分の周囲に気を配ることや、スポーツの前には危険なものがないか確認するなどの安全教育を徹底することです。さらに、いかに自分自身を危険から守るか意識させることです。例えば安全にスポーツを行うためにマウスガードのような安全具を使うことを啓発します。

―歯を守ることが大切ということは分かりましたが、実際に健康な歯を保つにはどうすれば良いのでしょうか。

 むし歯になる原因には三つの輪があり、その三つの要因が組み合わさることでむし歯になるとされています。一つ目の要因は歯がむし歯菌の出す酸に対して抵抗性が低いことです。この抵抗性はフッ化物を利用することで高めることができます。二つ目は砂糖が多く含まれるものをダラダラ食べることですが、最近は甘いものでも砂糖の代わりにキシリトールを使ったものが増えてきました。ただし、砂糖を使っていないからといって安心せずに、生活にリズムを付けて、甘いものをダラダラと食べ続けないようにすることが大事です。そして、三つ目はむし歯菌が口の中に多くいることですが、それを防ぐために歯みがきをするわけです。つまり、フッ化物で抵抗性を高め、甘いものをダラダラと食べたりしないで、しっかりと歯みがきすれば、むし歯を防ぐことができるのです。そして、親の手から離れても、子どもが自分で身体をコントロールできる知識と意識と技術を、学校保健のなかで身に付けさせていくことが大事です。

 ―そのために学校の先生が子どもの歯に関して気をつけておくべきことはありますか。


 「歯と口の健康づくり」は全国の学校で多く用いられている健康教育手法だと思います。それは何故かというと、歯というものが外から見えるものだからです。子どもに健康とは何かと聞いても「病気でないこと」といった曖昧な回答しか返ってきません。それは子どもにとって見えないものを理解するのが難しいからです。それが歯の場合は鏡を見れば歯が汚れているとか、むし歯があるなどの状態を確認することができ、いかに健康であることが素晴らしいかを実感することにつながります。また、乳歯が永久歯に生え替わると、子どもは喜んで親や先生に報告しますが、その時に「よく気がついたね。あなたの身体は成長しているんだね」とほめてあげて、「これはあなたの身体にとって大事なことだから、生えてきた歯を大切にしなさい」と言ってあげれば、子どもは自分の身体が成長していることや、それを守っていくことが自分の大事な役割だということを理解してくれるのではないでしょうか。

【プロフィール】
安井利一(やすい・としかず)=城西歯科大学(現 明海大学歯学部)卒業。明海大学副学長、明海大学歯学部歯学部長、国立スポーツ科学センター非常勤医師、日本スポーツ歯科医学会理事長などをつとめる。


【2006年10月14日号】