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特定の栄養強化はいらない
成長期の子どものスポーツと栄養
日常的にスポーツに取り組んでいる子どもたちについて、怪我や故障が心配なのはもちろんだが、できれば普段からトラブルに負けない強い体を育成したいもの。管理栄養士の橋本玲子さんは、横浜F・マリノスの栄養アドバイザーを務めるほか、正しい食生活の普及を目指して講演活動などを幅広く行っている。マリノスの育成部門では小学生から高校生までの栄養管理も行う橋本さんだが、成長期の子どもを持つ親の意識低下が気になるという。スポーツと栄養の関係についてお話を伺った。(レポート/中 由里)
―日常的にスポーツに取り組んでいる子は栄養の取り方に工夫が必要なのですか。
橋本 運動量の多いお子さんは消費エネルギーが多いため、その分を補う必要があります。エネルギーが消費されるためにはビタミン、ミネラルが使われますし、筋肉を使うことによって傷ついた細胞を修復するためにはたんぱく質の摂取も必要です。そういう意味で、全体の食事の量はスポーツをしていないお子さんに比べて増やすべきです。でも、ある特定の栄養素を過剰に摂取する必要はありません。運動量に従って食事量を増やすだけで、あとは普通の成長期のお子さんと全く変わりません。いろいろな栄養素をバランスよく摂取して、初めて体の機能は正しく働くものです。特定の栄養素が不足して、それが直接の原因で怪我をしたり障害が起こるわけではないのです。
―横浜F・マリノスの育成部門では、栄養に関してどのような注意をされているのですか。
橋本 私は一年に一回、栄養・食の問題について保護者の方にセミナーを行っていますが、そこで寄せられる親御さんの悩みの数々に、現代の子どもたちの課題を見ることができます。
まず多いのは「食が細い」それから「朝食が食べられない」、「好き嫌いが多い」などです。普通のご家庭と何ら変わるところはありません。これらを見ていますと、スポーツの問題以前に正しい食習慣が身についていないことがわかります。そういう状況でスポーツをすれば当然疲労が溜まりやすくなり、ひいてはスポーツ障害を引き起こしやすいと言えます。私が常に注意を呼びかけているのは、体を作る、動かすためのごく当たり前の食事をしてくださいということです。
―食習慣の乱れは近年顕著に現れてきたものですか。
橋本 日本学校保健会の調査による「学校保健の動向」には最近の児童生徒のライフスタイルが報告されていますが、睡眠時間が年々短くなっている、朝食を食べない子どもが増えている、カルシウム、鉄、食物繊維などの栄養素が不足しているなど、食習慣に限らず生活全般の乱れが見られます。これらはすべて成長を阻害するものです。当然日常の健全な活動にも支障をきたします。
「献立」という言葉の意味を知っていますか。体に必要な栄養素を備え、文化を伝え、心を豊かにする食卓の知恵です。この言葉が今の20代、30代のお母さんたちにはピンとこないようなのです。食事というのはとにかく空腹を満たせばいいと考えているふしがあります。出来合いのおにぎりとお茶だけで「食事をした」と言ってしまうのです。間違った食の認識を持ってしまっている親御さんが大変増えています。
―今の母親たちは、ほとんど妊娠中にそれなりの栄養教育を受けているはずだと思いますが。
橋本 付け焼刃の教育では駄目です。人の食習慣を作るのは子どもの頃の生活です。私はプロのサッカー選手の栄養管理に携わっていますが、身についた習慣はなかなか変えることができないということを実感します。例えば小さい頃から豊かな食生活を送っている選手は、栄養指導が非常に楽です。細かいことを注意しなくても、遠征先などその場その場で臨機応変に自分自身で栄養管理をすることができます。しかし正しい食習慣が身についていない選手はつきっきりで指導してもなかなか自立できません。特にジャンクフードに慣れきった子ども時代を送ってきた選手は、どんなに注意をしてもすぐに食生活が乱れてしまいます。そういった選手はたいがい体脂肪率が高く、年間を通して怪我が多いです。マリノスでは体脂肪率が一定以上になると栄養指導を受けなければならないなど、プロとしての自己管理を厳しく課せられます。栄養管理をすることはプロスポーツ選手として仕事の一つなのですが、それだけ厳しくしても身についた習慣は改めにくいのです。
【2006年9月16日号】