各出版社が様々な新1年生向けの書籍を発行し始めている中、大月書店が発行した「はじめてよむ童話集」シリーズは、文字を読み始めたばかりの小学生におすすめ。灰谷健次郎、長新太、今江祥智など、日本を代表する作家の名作を「わらっちゃう話」「どきどきする話」「ふしぎな話」「ちょっとこわい話」「すこしかなしい話」と5冊に分けて厳選収録した。
その5冊の編集に携わったのは、多くの子どもたちが通る道、おなじみの小学生向け雑誌「小学一年生」で長年編集長を務めた野上暁さん。野上さんは近年、ヤングアダルト(YA)世代の本が脚光を浴び、幼児絵本も充実する一方で、幼年文学が飛び石のように抜けている傾向があると指摘する。
「YAなどでいま活躍している人気作家たちは、1970年代の児童文学が華やかになった時代に子どもの本を読み、育ってきた世代の申し子たち。肝心なのは、初めて"一人読み"に変わる小学校低学年の時期に"読み終えた達成感"を持ってもらうこと」と、今回優れた幼年文学作品を再浮上させようと試みた。
自身の本との出会いは、戦後まもなく。キャラメルのおまけ「カバヤ文庫」だった。だが、実際本格的に幼年文学と向き合ったのは、小学館へ入社し「小学一年生」編集部に所属してから。児童文学というジャンルを知り、入社2年目頃に童話のページを作り確立。長年1年生を担当し、繰り返し編集し続けたことで、「この年代にはこういう作品がふさわしいという感覚が、血となり肉となりました」。今回もその経験を生かして後半には長いお話を持ってくるなど、グラデーション的な構成にしたそう。
工夫の一つとして、巻末に「お話をかいた人は…」というコーナーを設けた。以前、自身が編集・解説を務めた、アンソロジー「ものがたり12か月」(偕成社)に、各作家の「人となり」を掲載したところ、好評を得たこともあり今回も掲載。野上さんが実際に親交のあった作家たちの「人となり」は興味深い。
「どこで生まれ、どういう人だったかというのは子どもがとても気になるところです」。子どもたちの身近な作品やテレビ番組などで取り上げられたエピソードを盛り込み、興味関心を高める工夫がちりばめられており、学びの助けになる。
現在、日本ペンクラブの「子どもの本」委員長を務める野上さん。「同じ言葉でも、日本語表記では、にんげん・ニンゲン・人間、などと、ひらがな、カタカナ、漢字のどれを使うかによって、微妙にイメージが違ってきます。幼年文学の作家は、その微妙なニュアンスの違いを大切にして表現しています」。教科書は学年別の配当漢字に基づいて表記されるが、文学作品ではそれにとらわれない。「人は言葉と言葉でコミュニケートしますので、これらは言葉の感覚を磨く上で非常に重要です」と話す。
大人も然り。「文字で書かれた物語のおもしろさを子どもと一緒に楽しんで下さい。そうすることで日本語の微細な感覚を感じることもできます。大人も子どもも気に入った作品から好きなように読んで欲しいと思います」。
野上 暁(のがみ あきら)=1943年長野県出身。本名、上野明雄。小学館で「小学一年生」編集長、出版部長、取締役などを歴任。白百合女子大学児童文化学科、東京成徳大学子ども学部非常勤講師。日本ペンクラブ理事(「子どもの本」委員長)。著書に「おもちゃと遊び」(現代書館)、「日本児童文学の現代へ」(パロル舎)、「子ども学 その源流へ」(大月書店)、「越境する児童文学」(長崎出版)など多数。
【2011年2月19日号】