昨年10月、3人の日本人物理学者が日本を、いや世界を賑わせた。その3人の一人「CP対称性の破れの起源の発見」により「ノーベル物理学賞」を受賞した小林誠さんは、日本学術振興会の理事として、アジア太平洋地域の若手研究者の育成と、アジア科学技術コミュニティの形成をめざして同会が主催する「HOPEミーティング」で講演者も務めるなど、日本の学術の発展に貢献している。
今年で2回目となった「HOPEミーティング」。今回はそれにさきがけ、科学者を将来の夢とする小中学生を応援する「HOPEミーティングJr.(ジュニア)」(7面参照)が行われ、15名のこどもたちが参加。小林さんはこのイベントにも参加し、大学院生の指導のもと実験に臨む子どもたちを静かに見守り続けていた。「無心に研究対象を見たいので、座右の銘を持たないのが主義」という小林さんらしい佇まいだ。
「ノーベル賞をもらったからといって特別なことではありません。それなりの研究を続けていれば、誰のところにその成果が訪れるかはわかりません。大切なのは、これまでの先輩たちの研究の成果を基礎として習うことです。そうしないと先へ進めないのが科学の世界。みなさん学校で教えられることをしっかり学んでください」と「HOPEミーティングJr.」に参加した子どもたちにゆっくりと諭す。
人間は知能で進化した生物。だからこそ「探究心」は備わっているが、その「探究心」を動かす「興味」を持ち続けることが難しい。「自分が持っていたこれまでの知識と新しい知識を照らし合わせて、自分の考えの全体像を大きくしていくというのが興味を持ち続けるコツかもしれません。物事をバラバラに考えるのではなく、生物は化学とも関連があり、化学は物理とも関連があります。つまり、全てが関連しているのです。そういう視点で幅広く考えると、自然に興味は湧いてくることでしょう」。
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そう話す小林さんは、小中学生の頃は「全く普通の子どもで、科学者になりたいと思っていたわけではありませんでした」と言うが、「分からない疑問は分かるまで考える」ことが好きで、その後、高校で物理に興味を持ったそう。子どもたちの理科離れが取りざたされている昨今だが、「まずは基礎を学ぶことが大切。そのステップを単なる暗記という捉え方にしないようにして欲しいです」と理科教育について語る。
理科で習った法則を、日常生活で説明したり、そこから何かを導き出せるようにつなげていくような教育が必要と小林さんは考える。そのためには、「事実の羅列ではなく、読み応えのあるストーリー性を持たせた教科書が必要になると常々感じています」と話す。
何度も口にするのが「基礎」という言葉。その繰り返しが結果となったノーベル賞受賞から1年。自身の生活は「そんなに変わっていませんよ」と微笑む小林さんは「分からないことが分かった時の楽しさ、嬉しさを味わうこと」が科学者の醍醐味という。その醍醐味を子どもたちに味わって欲しいと日本の科学者の育成にも力を入れる。
小林誠(こばやし まこと)=1944年愛知県出身。67年名古屋大学理学部卒業。72年同大学院博士課程修了。79年高エネルギー物理学研究所助教授、85年同教授。03年高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所長、04年同機構理事。08年ノーベル物理学賞を受賞。現在、日本学術振興会理事・学術システム研究センター所長、高エネルギー加速器研究機構特別栄誉教授。
【2009年10月17日号】