日々その姿を見ない日はないのではというほど、あらゆる媒体で活躍する茂木健一郎さんは、脳科学者として「クオリア」をキーワードにさまざまなジャンルを紐解く。それは音楽の世界でも然り。「脳のなかで考えたり感じたりすることは、脳の神経細胞が演奏しているようなものですよ」と話す茂木さん。昨年は、世界最大級の音楽祭として日本にも定着した「ラ・フォル・ジュルネ(LFJ)」のアンバサダーとしてこのイベントに参加。昨年はそれをきっかけに「すべては音楽から生まれる」(PHP新書)という本を上梓。16万部以上のヒット作となった。
そして今年4月28日から5月5日まで、東京・丸の内周辺エリアと東京国際フォーラムで開催される「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2009『熱狂の日』音楽祭」でも、同じくアンバサダーを務めることになり、この1月、今年のLFJのテーマでもある「バッハ」の聖地・ドイツを訪問。小学2年生の頃、ディズニー映画の「ファンタジア」で流れたバッハの「トッカータとフーガ」。「それが印象的でした」と茂木少年はバッハにひかれた。
今回バッハの本を作ることが決まり(4月にPHP研究所から刊行予定)、一度そのゆかりの地を訪れることで「新たな発見があるのでは」と、ドイツへ向かった。そこでは、生活に根付いた等身大のバッハの音楽を感じ、ドイツ人の実直で信頼ができる人柄にも触れることができた。バッハが教えた聖トマス教会附属の学校では、当時のカリキュラムについて聞いた。神学やラテン語と同じ比重で音楽の授業があったという。音楽が基礎的な素養の一つとして考えられていたのだ。
「今回、キリスト教と仏教の違いを見つけました」と宝物を見つけた少年のように語る茂木さん。キリスト教は「JOY=喜び」を最高の価値としていることに気がついたのだ。「バッハの曲にも喜びとつく曲が多いですよね。アメリカ人もエンジョイ≠ニよく言いますが、日本の教育現場でどれほど楽しんでる?≠ニいう言葉が使われていますか。日本の子どもたちは、喜ぶことが学習の最高の価値だということを知らない気がします」。
バッハを聞く小学生だった一方で、野山を駆け回る野生児でもあった茂木さんの勉強法は、集中型。「脳は1つのことを学んだら、その効果は使い回しができます。音楽の感覚はいろんなことに応用可能だと思います。教育の最も大事なことは、自分で学ぶことの喜びを見つけること。大人たちは、人生において独学する時間の方が長くて大切なことだと気がつかないといけません。知のデフレ≠ノなってしまっています。脳はいくら学んでも終わりはなく、完成は一生しません。自分で自分の課題を作ってそれに向かっていくことが大事です」。
茂木健一郎(もぎ けんいちろう)=1962年東京都生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、東京工業大学大学院連携教授などを務める脳科学者。著書に「ひらめきの導火線」(PHP研究所刊)など多数。
【2009年2月21日号】