東日本大震災の甚大な被害を受け、子どもの安心安全確保と共に防災教育の重要性も改めて明らかになった。そこで早くから防災教育に取り組んできた静岡県や、学校が避難所となった際の支援について、実績を積み重ねてきた兵庫県教育委員会の活動を紹介する。
●愛知県・名古屋大 未来の防災リーダー育成を図る 高校生防災セミナー開催
静岡県は約100〜150年の周期で発生すると考えられている東海地震の被害を最小限に抑えるため、33年間にわたり防災教育の取り組みを行っている。
昭和53年の「大規模地震対策特別措置法」を受けて静岡県では総合的に地震対策や防災教育に力を注いでいる。その後、新型インフルエンザ、風水害、原子力災害、津波災害にも備える内容となり、その取り組みは他の都道府県の参考となるものだ。
静岡県の防災教育は、平成14年に制定された「静岡県防災教育基本方針」に基づいて行われている。基本方針は、従前の防災訓練だけの防災教育からの脱却を目指したもので、生涯学習の視点に立って、県民一人ひとりの防災対応能力の向上に資するために策定されている。
学校での防災教育は、特に児童生徒等の発達段階に応じて、家庭や地域社会との連携協力を図りながら、総合的かつ体系的に防災協力を推進するものとされている。
■学校防災3つの柱
静岡県の学校防災は3つの柱からなっている。自らの安全を確保するための判断力や行動力の育成、生命の尊重や地域の安全のために貢献する心の育成といった「防災教育」、東海地震の予知に関する情報等防災情報が出た場合の体制、災害発生時の連絡体制・救急体制などの「防災管理」、校内における防災教育、防災管理の推進体制の整備、教職員の防災教育研修などの「防災に関する組織活動」の3つだ。
そのうち防災教育基本方針では「防災教育」「組織活動」についての内容がまとめられている。「防災管理」については「学校の地震防災対策マニュアル」(改訂版)が平成16年7月に作成され、21年1月には学校が避難所となった場合の教職員の支援内容を充実させた「発災初期段階の学校の避難場所支援マニュアル」が作成された。
■図上訓練DIGを活用
静岡県では防災教育として「災害図上訓練DIG」を実施している。
DIGとは、地図上に透明なシートを重ね、その上から地形や町の様子などを書き込みながら、予想される被害やその対策をグループで討論していくもの。その過程で予想される被害の様相や必要とされる対策などの理解を深めていく手法だ。
静岡県では以前から地域の自主防災組織などで行われており、これを教育に取り入れ「総合的な学習の時間」や「学級活動」などに活用できる防災教材として、県教育委員会がテキストを作成している。実際に子どもたちが作成したDIGを地域防災訓練時に住民に対して説明するなどの、取り組みが行われている。
■地域との連携を重視
静岡県の防災教育は、学校、地域、行政の連携を重視している。教育委員会では「防災教育推進のための連絡会議」を学校、地域、市町の防災担当者の3者会議として開催するよう指導している。顔の見える関係づくり、避難所の運営の在り方、災害が起こった場合の学校と地域の役割分担などをあらかじめ話し合っておくための会議だが、地域防災訓練に児童・生徒が参加したときに、児童・生徒に役割を持たせてもらうよう学校から地域に依頼する機会などとして活用されている。
また静岡県は、避難所の開設運営を模擬体験するゲーム「避難所HUG」を開発し、防災訓練で活用している。避難所の開設運営時に次々と起こる問題にいかに機敏に対応するかをグループで考え、ゲームをしながら模擬体験をする内容だ。
学校の教職員や高校生などもこのゲームを活用し、学校が避難所となった場合どのような避難者が訪れ、学校のどの施設を順次開放していくかなどの初動対応等を研修している。
学校によっては、「防災教育推進のための連絡会議」で、HUGを実施しているケースもある。
■33年間の蓄積
静岡県は、昭和53年「地震予知観測学習モデル校」を5校指定して以来、33年間にわたり、防災教育研究校を県独自で指定し実践を重ねてきている。平成18年からは「学校防災推進協力校」として延べ16校が、「防災教育は防災訓練の内容を改善し、児童生徒自らが自主的に地域の防災活動等に参加できる環を整備し、地域社会、行政、学校の連携を強化することにより、学校防災の一層の充実を図る」ための実践に取り組んでいる。
さらに「学校防災推進協力校」の実践を各学校に普及するために、平成18年から「学校防災通信」が作成されている。現在は、教職員研修会や防災に関する各種事業の紹介など、県の地域危機管理局などと連携して、学校の防災に係る取り組みを支援している。
これらの取り組みは、静岡県教育委員会のHPで「防災関係」としてまとめられている。
宮城県では8月10日時点で、7398人が200か所の避難所に避難しており、うち47か所が公立の小・中・高等学校だ。今回の震災で、学校の避難所としての機能が改めて注目される。一方、どのように教育活動を再開するかなど、課題もある。
EARTHが教育復興を支援
兵庫県教育委員会は、阪神・淡路大震災での経験をもとに、震災・学校支援チーム「EARTH」を平成12年度に設置した。EARTHは震災等の災害が発生した場合、その要請に基づいて被災地の教育復興を支援するもので、防災についての専門的知識と実践的対応能力を備えた学校教職員やカウンセラーなどの専門家で構成されている。
今回の東日本大震災でも、延べ74名(8月10日現在)が宮城県教育委員会からの要請で、宮城県教育庁や被災地の学校を訪問し、各学校が抱えている課題を聞き取り、阪神・淡路大震災の経験を踏まえた助言など児童生徒及び教職員の支援を行った。
学校支援のノウハウ公開
震災発生直後の避難民の受け入れ、その後の避難所の運営管理、学校の再開に向けての準備と、学校教職員の負担は非常に大きい。また、教職員も被災者であることから、教職員のみに避難所の運営を任せることは適切ではない。
しかし阪神・淡路大震災においては、都市型直下型の大規模地震への備えが十分でなかったことや、避難者数が非常に多く市町の行政対応能力を超えていたことなどにより学校避難所の管理運営に多くの教職員が投入され、かつ、長期にわたり学校に避難所が開設されていたことなどによって、学校本来の機能である教育活動の早期再開等に一部支障をきたすことになった。そこで兵庫県教育委員会は平成18年3月、阪神・淡路大震災の経験や教訓を元に、これまでのEARTHの活動の中で蓄積されたノウハウを体系化し、「EARTHハンドブック」と「学校防災マニュアル(改訂版)」を作成し、HPで公開している。
兵庫県教育委員会では、学校本来の目的である児童・生徒の教育活動に取り組むためには、早期に学校を再開することが必要であり、そのために必要な手続き等を時系列で紹介しており、役立てて欲しいと考えている。
岩手県釜石市は東日本大震災で死者881名、行方不明者299名(8月12日時点)という大きな被害を受けた。一方市内の小学生1927人、中学生999人のうち、津波襲来時に学校の管理下にあった児童・生徒の犠牲者はゼロ。小学校、中学校の児童生徒は震災発生後すぐに高台に避難したことが、報告されている。
釜石市では、平成17年から群馬大学の災害社会工学研究室(片田敏孝教授)と共同で、津波による犠牲者ゼロを目的とした「災害文化醸成プロジェクト」に取り組んでおり、児童生徒や保護者に対する津波防災意識の啓発に努めている。
平成20年度には文部科学省の「防災教育支援モデル地域事業」に採択。以来、市内の全小中学校で津波防災教育を推進してきた。沿岸部の学校の教員が中心となり、防災教育カリキュラム作成ワーキンググループを立ち上げ、津波防災教育のための教材開発を始めた。
こうして平成22年に、「津波防災教育のための手引き」が完成。各学年の教科から、“地震・津波・防災”に関連する単元をピックアップし、その授業の中で追加的に教えることが可能と思われる内容をまとめたり、児童・生徒に教えるために教員が知っている必要がある知識を項目ごとに取りまとめるなど工夫された内容となっている。
また、各学校では、授業だけでなく、小中学校合同の避難訓練、地域住民を巻き込んだ下校時を想定した避難訓練、保護者を巻き込んだ引渡訓練、防災ボランティアに関する活動などを実施してきた。今回の震災ではこれらの成果が発揮された。
愛知県は名古屋大学と連携して、「高校生防災セミナー」を今年も開催する。学校や地域の防災力向上に貢献できる防災リーダーの育成を図るために行われるもので、愛知県内の各参加校から生徒4〜5名、教員1〜2名の合計156名の参加者が、2年間にわたり防災セミナーを受講する。
愛知県は地震発生時に甚大な被害が想定されており、学校における防災教育の充実が重要な課題となっている。
参加校は平成22年度、23年度参加校の15校と、平成23年度、24年度参加校15校の合計30校。
今年のセミナーは夏休み中の4日間名古屋大学で行われ、その後、学校や地域で実践活動に取り組み、自然災害に対する知識理解や技術の習得などの防災対応能力の向上を図ると共に、災害時に積極的にボランティア活動に参加しようとする心を育てる。
セミナーの最終日となる12月26日には、名古屋大学で高校生防災フォーラムが開催され、受講生達の実践発表が行なわれることになっている。
【2011年8月22日号】