豊かな食生活の中で乱れる子どもの食生活

テーマ「子どもたちの健康問題〜学校・家庭それぞれ感じること」

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 経済的に豊かな社会の中で育っている現在の子どもたち。食べ物も豊富で昔に比べ栄養も十分とれる環境にある。しかし、そんな子どもたちの食生活は乱れ、生活習慣病など新たな問題が取りざたされている。そこで、「子どもたちの健康問題について学校、家庭それぞれで感じること」というテーマのもと、養護教諭、学校栄養職員、母親代表の方に集まっていただき、食生活をはじめ子どもの健康全般について感じることを話していただいた。

【出席者】
東京芸術大学音楽部附属音楽高等学校養護教諭 高松保子さん
東京都大田区赤松小学校学校栄養職員       高橋千代子さん
東京都公立中学校PTA協議会母親代表委員長  小田恵美子さん

【食生活が一番の問題】
 −−学校、家庭それぞれで子どもたちの健康について感じることをお話ください。
高松 私どもの学校では、登校後に楽器の練習をしますが、それは大変な集中力と体力が必要になってきます。朝食を食べないと体力がもたないことはわかっていますから、まずコンビニで朝食を買って食べてからというのが現状です。子どもたちは、とりあえず空腹を満たすために食べているという印象を受けます。1日8〜9品目しか食べていない子が多く、30品目食べている子はクラスに1人か2人でしたね。

 1学年1クラスしかない学校で下宿生が1クラス40名のうち18名もおります。その下宿生に男子が10名おりまして、そんな状況の中で子ども自身が自分の健康を管理することはとても大変なようです。昼夜が逆転してしまう子がでてきて、そういう子はまず食生活が乱れてしまい、これを修正するのに大変苦労します。学校生活を送る上で食べることに関して私自身、生徒自身、親自身とても気にしていることですね。入学が決まった時点で、4月の入学までの間に子どもたちが基本的な生活の中で食事をきちんと摂って自立ができるようにとまずお願いします。
高橋 小学生でも朝ご飯を食べてこない子が増えています。食べてきた子に何を食べてきたかを尋ねると、ケーキだけだったり、甘いパンやおまんじゅうだけなど、およそ食事とは言えないような内容になっています。この要因として家庭で食事をするという体制がなくなっていることがあげられると思います。少々無理をしても食べさせるということがなくなってきています。また、きちんと朝食を食べてきている子でも、朝に何を食べてきたかが言えない、食べ物に対しての興味が薄いこともあげられます。大人の生活リズムに合わせた子が多くなり、夜更かし、睡眠不足、朝食が食べられない、元気がないというように生活習慣そのものが崩れてしまっています。小・中・高校でそれぞれ同じように生活習慣が崩れたと聞いております。

−−家庭のお母さんの立場としてどうお感じですか。
小田 私も仕事をしておりまして、高校1年と3年の娘がおります。やはり夜型の生活が身に付いてしまっています。学校に給食がないということでお弁当を持たせているのですが、コンビニで買う子も多いということです。自分で好きなものだけをセレクトできる手軽さとともに、お腹が一杯になれば良い、という安易さも感じますね。
 高校の夏休みの宿題で、一週間自分で一日30品目がとれるような献立をたて調理することと、親の献立を記入して品目を調べ比較するというものが出されましたが、なかなか難しいようで出来ませんでした。手軽に調理済みの食品が手に入り食べたい時に好きなものが食べられる状況が影響しているせいか、親子共々反省させられましたね。

高橋 朝礼中に立っていられない、倒れる子が、小・中学生で増えています。朝食を摂ってないことも大きな要因ですが、朝食を摂らない原因のひとつに女子のダイエット問題があげられます。小学生でも6年生くらいになるとダイエットを意識しはじめるのですが、中学生になると痩せるために給食をきちんと食べない子や、牛乳も飲まない子や飲み残す子が急増します。女子は女子なりに将来の体を作るために食べなければならないのにも関わらず、マスコミなどの影響もあってか痩せ志向が強いですね。また食べるものが変わってきたことによって体型もどんどん変わってきています。
高松 本校では日によって30人のべ人数の来室者がありますが、その中のほとんどが女子生徒の体重測りです。けっして太っていない子がほとんどなんですが、この年代の生徒は絶食、節食をして痩せることを望み、摂食障害に陥っていく子もいます。太っていること、食べることに罪悪感を感じているようですね。
小田 情報が溢れているにも関わらず、子どもたちに与えたい情報やためになる情報が本当の意味で入っていないのではないかと思います。情報だけが過多になっているのではないでしょうか。食材・食品についてもダイエットに関してもそうですが、一つの食品やその方法が身体に良いという情報が流れると誰もが同じ方法や食品をとるというようなことが起きてしまう。情報が溢れていても、同じように教えられても自分にとって興味がなく必要と感じない情報は耳を傾けていない。取り入れていないんだと思います。
【健康意識はあるか】 
−−子どもたちの中に、健康でありたいという意識はあるのでしょうか。
高松 健康は当たり前だと思っています。健康よりも見栄えのよさに関心が高いようです。生徒たちに「将来、あなたたちも子どもの親になるんだからね。」と健康について話しても半分ひとごとで聞いています。学校で健康教育をどのように行うかという場合、本人がどこで一番興味をもって学んでくれるかを考え、薬物教育や性教育などもその時期と年齢にあった教育を行うことが大切だと思います。どの時期にどのような健康教育が必要なのか。国立は一環教育のような小、中、高、養と校種別がそろっているため、その研究を進めています。

高橋 元気でいたい、遊びたい、勉強したい、運動もしたいと子どもたちはいろいろなことを言いますが、「それをするには健康でなければだめだよね」というと、そこで初めて丈夫な体を理解するようです。しかし、今日食べたものが明日のエネルギーになるといっても理解が難しく、健康的な体作りは長いことかかってできるものということもなかなか理解できないようです。寒い時にスープを食べて体が温まるとか、力がでてきたというようにすぐに効果がわかるものもありますが、体が長い年月かかって育っていくということの実感がなかなか湧かないようです。わかっている部分もありますが、なかなかすぐに自分の健康と結び付けて考えることは難しい。ですから、学校だけで健康について教育するのでなく、家庭、地域が一体となって子どもに健康を意識させる働きかけをしていかなければならないんだと思います。社会全体が変わり、何でも欲しいものは買って食べることができる時代ですから、ただ「あれは食べてはだめよ」というのではなく、自分で自己管理できる子を育てていかなければならない。このような社会の中で、食に対してどう接していくかというヒントを与えていかなければならないと思います。
【これからの健康教育】
−−これからの健康教育についてどう思われますか。
高松 健康を考えた時、まず食事が大切であり、そして休養、運動することで全体の体のバランスがとれてはじめて心も体も健康であるといえます。大人の価値観が多様化してしまって、健康そのものの考え方が、私が生徒に教えるのと親とが違ってきていることを感じます。せめて今の子どもにしなければならないと強く感じています。食事がエサではないことを学び、ゆったりとした雰囲気の中で食事をすることで、心も豊かになり、体も健康を維持していけるということをわかって欲しいですね。子どもたちには身にしみてわかってほしいですね。
小田 「個食」というのが問題になっていますが、一人で食べることについて何も感じていない子が増えてきています。食の面だけでなく、心の部分も離れていってしまっていることも問題なんだと思います。コンビニの食事であってもプラス家庭でのフォローがないと、健康の面だけでなく、親子の関係までもおかしくなってくる様な気がします。私自身、健康な生活に必要な情報、手段について親から教えられたことはたくさんありますが、子どもとの関わりの時間が減った今、子どもたちに何を教えられているかと思うととても少ないような気がします。自分が教わってきたものを伝えていけない現状があります。食のことで言えば、子どもたちの方が学校で栄養や調理について勉強してきますので逆に子どもから教えられることも多く、またその場面を大切にコミュニケーションを深めていくことで心の成長につなげていくことも大切なのではないでしょうか。
 娘が高校生になって必要に迫られて作り始めたお弁当ですが、それまで手作りが少なかったせいか、お弁当を作れない日があると「え。困るよ」と言われます。これはやはり、手作りのお弁当を通して愛情を伝えることにも役にたっているんだと思います。食を通した会話の中で交流をもち、子どもたちも育っていくんだと思います。
高橋 これまで家庭や社会でやれていた食教育の部分ができなくなってきているから、結局学校でやらざるをえない状況になっているのでしょう。何でも食べる子は元気があっても、やはり食べている子と食べていない子では性格的にも違いを感じます。食教育を積極的に行っている学校の子どもたちなどの様子を見ると、やはり他の学校と比べて非常に元気で明るいと感じます。現在の学校教育では健康教育という教科は位置づけられていませんが、教科の中で結び付けて行われるようになってきています。学校だけでなく、地域と家庭が連携し、今後さらに力をいれて健康教育に取り組んでいかなければならないと思います。
(教育家庭新聞99年11月13日号)