学力向上を促進する学校経営
中長期的展望で、
学校・家庭の連携を
「学力向上を促進させる学校経営」をテーマに、本社主催第2回私学経営セミナーで田中博之・大阪教育大学助教授に講演していただいた。ベネッセ教育研究開発センターが行った「学力向上のための基本調査2004」をもとにした講演内容は、参加した学校長ら管理職から高い評価を得た。ここで概要を紹介する。◇ ◇ ◇ ■豊かな学力の確かな育成 明確なビジョン持つこと必要 今日私のお話する基本的な考え方は、豊かな学力の確かな育成という考え方です。
公立学校が「確かな学力」という言葉を誤解し、もう一度受験学力に戻るべき、というような極端な意見も出ています。受験学力+アルファの豊かな学力をどれほど魅力あるものとして保護者や生徒に訴えられるかが、私立学校の魅力と今後の発展も約束されるのではないか、と思います。
まず、考えていただきたいのは、どのような学力を育てるかについて明確なビジョンを持つことができるかということです。教科の学力も大切で、その中身も豊かにしなければなりませんが、もう一度原点に戻って「生きる力」とは何だったのでしょうか。文部科学省のホームページを見ると教科の学力を含む、と書いてありますが、約10年前の第15期の中央教育審議会答申では「生きる力」と「教科の学力」は別のものと捉えていました。「生きる力」は21世紀の社会を生き抜く学力として、国際社会に通用する異文化コミュニケーション力や会話力、福祉社会におけるボランティア能力とか他人への思いやり、メディアリテラシーなどたくさんあります。
私たちは第3の学力観として、「学びの基礎力」を提案しています。内容は特に新しいものではなく、学校や家庭での生活習慣や学習習慣です。ベネッセ教育研究開発センターの調査では1日30分でも宿題や予習をやっている子どもとテレビばかり見ている子どもでは明らかな教科学力の差があります。
◇ ■フィンランドの学力の秘訣 家庭学習、問題学習、研修 私はロンドン大学で研究していた時にフィンランドにも行ってきましたが、フィンランドの学力の高さの秘訣は3つありました。1つは、家庭学習の習慣化をきちんと行っていること。毎日のように1時間ぐらい家庭学習することを保護者に義務付けています。保護者に契約書を書かせて、子どもに1日1時間は家庭学習させることに署名させています。2つ目は教科の学習の中で、思考力、判断力、表現力といった問題解決的な学力を育てる、自分で調べてまとめて発表するという学習が非常に多いのです。自ら学ぶ学習スタイルなので、OECDの応用的な学力を問われたときに、力を発揮するのです。
3つ目は、教員研修です。ほとんどの教員に大学院まで行かせており、学校内での研修も非常に活発で、保護者の授業評価なども受けながら教員がいろいろな研修をしています。 しかし、日本ではこの3つはなかなか行われていない。生きる力を育てる総合的な学習を廃止しようとするなど教科学力を向上させようと日本が取り組もうとしていることはフィンランドに比べると、間違っているのではないか思います。 ◇ ■生きる力の4領域 教科学力を上げるバックボーン 生きる力の領域は4つです。「問題解決力」、「社会的実践力」、「豊かな心」、「自己成長力」の4つ。
ベネッセ教育研究開発センターが学力調査をすると、生きる力と教科学力との相関関係はかなり高いです。
学びの基礎力は、「豊かな基礎体験」、「学びに向かう力」、「自ら学ぶ力」、「学びを律する力」、の4領域で、生きる力より以上に教科学力との相関を強く示しています。私学の場合は、公立に比べて学習上の課題のある子どもは少ないと思いますが、朝ごはんを食べてこない、夜更かしをして宿題をしてこない、遅刻をしてくる、人の話を聞けないといった子どもの教科学力が高いわけがありません。こういった学びの基礎力をアンケートをとって調べて、低いところを高める手立てを意図的に打っていかないと、教科の学力は少人数指導と習熟度別学習、学力テスト(プリント学習)だけでは上げ止まってしまうでしょう。
どうすればいいか。王道があるわけではありませんが、例えば家庭学習の習慣がついていない子どもが多いことがわかれば、総合的な学習の時間を使って30時間の新しい単元を作り「家庭学習、頑張るぞプロジェクト」を進めることを提案します。家庭学習をチェックして、どこが弱かったか、それを改善したら学力が上がったのか、といったことをチェックし学習を進めるのです。 ◇ ■応用力が生まれる源泉 生きる力、学びの基礎力 学力向上フロンティアスクールなどが文部科学省で指定されています。ベネッセの学力調査は基礎問題と応用問題が半々入っています。基礎問題が90%以上解けるが、応用問題は8、9割解ける子と応用問題がそれ未満の子では何が違うのかを調べてみました。
生きる力と学びの基礎力がないと応用問題を解くような底力にならないことが分かります。
では、どうすればいいのか。学校経営の大きなストラテジーで考えると、私のご提案していることは学力診断テストをしっかりやっていただいて、そこから学力向上のためのプランニングをしていくということです。そのためには一人ひとりの子どもの学力プロフィールをきちんとデータで出していく必要があります。
例えば3年、5年といった中期計画の中でこのデータを継続利用するかどうかで決定的に違ってきます。文部科学省指定の学力向上フロンティアスクールの多くが最も手を抜いているところがここです。指定が3年で終わるので、継続的な学力向上の取り組みが行われにくく、少人数指導と習熟度別学習、プリント学習に頼って終わってしまうのです。
京都市立御所南小学校は、ベネッセの学力調査で、算数も国語も全国平均よりずば抜けて高く、公立学校ではNO1グループ。基礎基本も高いが、応用的な学力がダントツに高いのは、京都市教委と学校長と私どもでプロジェクトチームを作り、豊かな学力の確かな育成というプロジェクトに取り組んだからです。7年ぐらい経過して成果が現われてきました。朝学習も宿題プリント、少人数指導、習熟度別学習も行い、総合学習もきちんと教科の学習と連携して行っています。
また、家庭学習はPTAに頼んでしっかりと習慣づけ、年間各学年宿題プリントが170枚も出ます。たまたま公立としては特例で8年間同じ校長先生だったのが奏功しました。公立は3年で一般的に学校長が変わるので、中期経営ビジョンを立てにくい傾向があります。しかし、私学は7年、8年同じ学校で務める校長先生が多いわけなのでビジョンを立てやすいでしょう。 ◇ ■学力診断プロフィール データ蓄積し継続的取組 学力診断プロフィール――Aさんは教科学力は高いけど、生きる力が低い。お母さんの期待に応えて無理やり頑張っているけどもう折れてしまいそうな女子。B君は教科学力も高いし、生きる力も高いし、学びの基礎力も高い。
こうしたデータの蓄積について、私の関わっている学校や英国の学校では、データをポートフォリオ化して生かしています。大阪府松原市立河合小学校では、生きる力を点数化してコンピュータで入力しグラフ化して「私が1学期から2学期にかけて伸びた力」として総合学習で「自己成長発表会」をしています。
東広島市立吉川小学校では、6年間かけて身につけた教科学力や生きる力や学びの基礎力をパワーポイントで、自分の6年間の歴史ということで、「こういう力がついた」と発表して卒業しています。
英国ロンドンのチャホールドハンドレッドという中高一貫の公立学校では、全ての子どもがPDA(携帯端末)を持っています。無線LANで学校のサーバにアクセス、サーバの中に自分の学力のデジタルポートフォリオが残っています。教科の学力や問題解決的なプロジェクトの取り組み、プレゼンテーションの評価、プロジェクトのレポートの評価、などに関するデータを保護者と生徒、教師が見られるようになっていて、3者懇談をしながら学力向上への取り組みを行っています。
すべてを総合的に改善して家庭も先生も校長先生も汗をかいて学校改善を中長期にやっていかないと学力は伸びません。
1年で息が切れてしまうような短期的で視野の狭い学力観に捉われることなく、豊かな学力を確かにつけるために、総合的な中長期的な経営プランを作られて、学力診断テストに基づいてしっかりと学力を上げることができれば、恐らく生徒や保護者から信頼を受けることのできる魅力と活力のある私学を作り上げることができるでしょう。
【2006年1月1日号】
第1回 私学経営セミナー報告 |