玉川学園一貫教育セミナー
小中高一貫教育は教育を如何に変えるか
私立を中心とした中高一貫校だけでなく、最近は「小中高一貫校」や「中等教育学校」など、様々なタイプが実践され、教育改革が進められている。「新しい教育への挑戦」や「エリートの育成」、「最終到達地点を見据えての12年一貫の人材育成」など各校が一貫教育の理念を掲げ、新しい教育に着手する。こうした改革の現状、課題、成果は?。玉川学園K―12及び玉川大学の主催で7月27日に行われた「2007一貫教育セミナー at Tamagawa」から、一貫教育の行方をレポートする。セミナーには多数の教育関係者が集まり、熱心に意見交換を行っていた。
K−12の新体制を構築
玉川学園K−12
創立当初より一貫教育が行われてきた東京・町田市の玉川学園。しかし、幼・小・中・高等学校、さらには大学を持ちながらも、それぞれが校種ごとの流儀や経験から独自の歩み方をしてきたため、必ずしも連携がうまく取れていたわけではなかったと、中学年教育部長の石塚清章氏は指摘する。
「小・中・高・大のそれぞれが、それぞれの文化だけを持って自分の意見を通そうとすれば、一致団結して進んでいくことはできない」
そこで、現代に合わせた一貫教育の見直しが進められ、平成18年度からスタートしたのが、幼稚園から高校までを一つの学校として構想するK―12の一貫教育である。
その目指すところは、12年間を一貫した教育理念で育てることである。
それは、最近の入試状況を振り返った時に、高校入試や大学入試に向けた直近の到達目標を立てることが保護者の方に若干の不安を与えているといった反省、私立の一貫校である原点として、長い期間で世界に出ても恥ずかしくない知性と徳性を持った人材に育ててほしいと考える保護者が増えている、といったことがある。
この改革により、従来の幼稚部・小学部・中学部・高等部の枠組みは、幼稚部および、玉川学園1年生から12年生への一貫教育組織へと転換。1年生から12年生の生活上の区分が、低学年、中学年、高学年と、4学年ずつに区切られた。
また、この幼稚部を含んだ15年間の教育改革で重視されるのが「カリキュラムの接続」であり、在籍すれば進級できるという履修主義から、学習内容の理解度から進級を判定する修得主義の考え方への転換である。
そこで、幼稚園から高学年までの教員が所属する各教科の教科会や、学園教学課が主管するK―12協議会で、各教科の最終到達目標や各学年の達成課題を研究・明確化している。
さらに、一貫教育を支えるため、低、中、高学年ごとにおかれている教育部長が、K―12全体の教務、学務、生活委員会委員長を兼務する。
こうしてK―12単位で活動する組織的な工夫が行われることにより、例えば生徒指導も自分の担当学年だけでなく、全体で指導に当たる姿が見られるようになっている。
玉川大学学術研究所助教の小原一仁氏は、改革の成果の一つとしてカリキュラムを運用する教育支援組織の改革を上げ、従来硬直化していた教員人事、教員文化の是正につながっていると指摘する。
玉川学園では、教員の多くが、中学校、高等学校の教員免許を持っている人も、小学校の教員免許を取得するなど、隣接校種の教員免許を取得している。
今後はさらに、K―12に留まらず、大学までを含めたK―16の改革に着手。玉川大学学術研究所に、K―16研究施設を新設し、K―12と大学をいかに連携・接続させるかの研究を進める。
新しい教育に挑戦
立命館中学校・高等学校 立命館小学校
これまで中高大学の一貫教育が行われてきた京都の立命館中学校・高等学校だが、2006年4月に立命館小学校が誕生したことにより、小中高の12年間を見据えた一貫教育が新たに動き出した。なぜ、一貫教育を行うのか。一貫教育は「新しい教育に挑戦するための制度」であり、例えば一度のペーパーテストで大学の合否が決定するような状況を変える突破口になる、といった考えがある。
その教育システムの大きな特徴は、12年間の流れを、小学1年〜4年、小学5年〜中学2年、中学3年〜高校3年といった、4・4・4の3つのステージに分けて展開することにある。
第1ステージとなる小学1年〜4年の段階では、脳をいかに活性化させて、子どもたちの可能性を、どれだけ広げられるかが重要なポイント。そのためには基礎学力を習得させることが大事ということで、100マス計算などを用いて子どものリズム感を高め、脳のキャパシティを広げる。
続いて第2ステージとなる小学5年〜中学2年の段階では、第1ステージで教えてきた教師とは変わって、専科教員による発展した形の教育が展開される。この段階で、子どもたちの将来の方向性を探り、個々の能力を高めていくための教育が行われる。
そして中学3年〜高校3年の第3ステージでは、大学へとつながる進路希望を実現するための教育が目指される。
立命館宇治中学校・高等学校前校長の川崎昭治氏によれば、小中高という括りの中で、どれぐらいの規模の集団が最もまとめやすいかを考えた上で、4・4・4という区切りになったとのこと。さらに高校から先の大学まで含めた一貫教育を考えた場合は、受験という壁を取り払い、いかに高校と大学を繋げていくかが重要になるという。
ここで、一貫教育が陥りやすい問題点として川崎氏が例に出すのは、1970年代から80年代にかけてアメリカで生まれた、生徒自身が自分の好きな授業を選んで組み立てるショッピングモール型のハイスクール。この形式では基礎・基本の学習がおろそかになる傾向があり、これによりアメリカの教育力は低下した。それを防ぐためにも立命館小学校の第1ステージのように、まずは基礎・基本を確実に身に付けさせることが大事だとしている。そのため、年間1万8000語も清書させるなど、書くことも徹底的に教え込んでいる。
エリート育成に適す―異年齢、習熟別深める
開智学園総合部
埼玉県の開智学園は高等部、中高一貫部、総合部があるが、2004年4月に開校した総合部は、小・中・高の12年間を、小1から小4までのプライマリー、小5から中2までのセカンダリー、中3から高3までのターシャリーと3つのステージに分けて指導する。
プライマリーでは子どもの好奇心や意欲を育てること、セカンダリーでは教科の内容をしっかり学び、幅広い知識を身につけること、そしてターシャリーでは自分の進むべき方向を決め、学問をより専門的に深めていくことが目標とされる。ただし、4・4・4と言っても実質的には4・4・3・1で、高校の最後の1年間は徹底して大学受験を目指した体制がとられることになる。
開智学園総合部校長の那須野泰氏は、4・4・4の制度を採用する理由について、開智学園が目指す「エリートを育成する教育に適している」からという。そのエリートは自分とは異なる他者を認めることができる力を持っていること。そうした力を育成するための教育が12年かけて展開される。
その開智学園総合部の最大の特徴は、異学年齢学級が意図的に編成されていることにある。小1から小4まで、小5から中2まで、それぞれ各10名で40名のホームルームが作られ、この集団の中でリーダーとなるための資質・能力が磨かれていく。もちろん異学年齢の集団においては様々な問題が発生するが、いじめなどの陰湿な行為は見られないという。それというのも集団の中において、それぞれの学年の児童が、自分の果たすべき役割を自覚しているからではないのかと那須野氏は分析する。
また、個々の学力を伸ばすために設けられているのが、小学校1年から英語、算数、国語で始められる習熟度別グループ授業。1学年80名を20名ずつの小グループに分けて、自分の学力や学び方に合った授業を受けるという形は、異学年齢学級とのマッチングも最適ということである。例えば英語においては、小学校1年生から週5時間が確保されており、国際社会で活躍するための英語力を身に付ける。なお、習熟度のグループは、基本的に学期に1度見直しがはかられる。
もう一つ注目すべきは、子どもたちが学習しなければならないことを自分で考え、学習目標を自分で設定するパーソナルな授業。これは小学校1年生から4時間が確保されており、一人ひとりが違うところを自学自習で進めていくことによりリーダーに必要な主体性などが養われる。
その一環として、開智学園では4月はじめに、小学校5年生から中学2年生までのスタディトライアルという勉強合宿を行っている。そこでは、小学校5年生でも1日10時間ぐらい勉強する。
品川区2校目の施設一体型一貫校
品川区立伊藤学園
平成18年度から区内全ての小中学校において、本格的な移行が始まった品川区の小中一貫校は、新しく校舎を建設するなどして、同じ校舎に9学年の生徒が通う施設一体型一貫校と、既存の小中学校の施設を活用しながら連携を進める施設分離型連携校の2つのタイプがあり、6校が建設される予定の施設型一貫校は、日野学園に続き2校目となる伊藤学園が平成19年4月に開校した。
開校して間もない伊藤学園だが、校長の小林福太郎氏は小学校でもない、中学校でもない、これまでの指導案の枠に捉われない小中一貫校であることを主張し続けてきた。実際にスタートしてみると、小学校の先生と中学校の先生が、それぞれこだわりを持っていることから、まずは先生の意識改革をしなければならないと感じたという。
今年6月には1年生から9年生までが一緒になった運動会が行われたが、最初に計画を立てた時は、多くの先生から、人数が多すぎるなどの理由で無理ではないかとの意見があがった。しかし、実際に行ってみると、1年生が9年生に手を引かれての入場行進や、1年から9年までのバトンリレーなどで大いに盛り上がった。このように何か新しいことをする際は、既存の考えに捉われずに、柔軟性を持つことが大事だとしている。
評価については、以前と同じく三学期制が取られてはいるが、通知表を渡すのは年2回となっている。ただし、学習カルテを年2回活用するので実際には年4回の評価・評定が行われる。やはり通知表を2回に減らすにあたっては混乱を招くのではという意見もあったが、長いスパンをかけて適正な評価を行うことで、子どもたちには的確なアドバイスが送れるということである。
現在、品川区の小中一貫教育の取り組みについては、文部科学省の新教育システム開発プログラム研究により検証が進められている。子どもの不必要な不安や戸惑いは解消されているか、一貫した指導による確かな学力の定着・向上は見られるかといった点について検証がなされ、先進的な教育を行うものとしての責務に取り組んでいる。