昨年の3月12日に九州新幹線が全線開業し、南九州へのアクセスが向上した九州エリア。昨春に実施した「九州教育旅行現地視察会」(本紙2011年4月18日号掲載)では、関西・中国エリアから鹿児島県へ向かい、宮崎県・熊本県を回り、身近になった南九州を体感してもらった。今回は、京都・新大阪・姫路・岡山・広島と各地から新幹線で合流し、長崎県・佐賀県・大分県・福岡県の視察を実施。自然・文化・平和学習と様々な九州の最新の教育旅行素材を体感してもらい、今後の教育旅行の可能性を探った。(主催/九州観光推進機構、企画・協力/教育家庭新聞社)
長崎県 松浦の海・山・川で 90種類のプログラム
正午に博多駅に到着し、バスで福岡県内、佐賀県の唐津を経由して長崎県北部の松浦市へ向かった。
【松浦市/民泊・体験学習】北松浦半島及び周辺の島々では、一般社団法人まつうら党交流公社が、体験型教育旅行をコーディネート。「松浦党の里ほんなもん体験」(ほんなもん=本物)と呼ばれるプログラムは、海
意外に体力が必要なそば打ちは、 生徒 の気持ちになって挑戦。 地元のインス トラクター (約800名が様々な体験を 支援) と心の交流ができる |
・山・川と幅広いフィールドで行われ、豊かな人間性・社会性・感性が育まれていく。
受け入れ事業は今年で10年目を迎え、松浦市7地区、佐世保市1地区、平戸市5地区で約800名のインストラクターが体験活動を支援する。中学、高校の利用が多く、昨年は160校・2万8000人と年々増加中。
この日は、たこ漁体験の予定だったが、強風で沖に出られず、代替プログラムのそば打ちに挑戦。約90種類の体験プログラムがあり、代替プログラムも十分だ。そば打ちは、打ったそばと地元食材を使った昼食をとる約2時間半の体験が人気で、そばの実が出来るまでの説明も行う。76歳のインストラクター・松本凉哉さんは、「大きな包丁を持ち思い通りにいかない子もいますが、目を配らせてみんなで楽しく行っています」と、孫のような生徒との交流を楽しみにしている。
100人が入る「国立長崎原爆死没者 追悼平和祈念館」の追悼空間は、 正面の名簿棚 (原爆死没者の 氏名を登載)の約250b前にある 爆心地の方を 向いている |
想像以上に体力が必要で、そばを切る作業を終える頃になると参加者も疲れた表情に見えたが、茹で上がったそばを互いに食べ比べながら、生徒のようなにぎやかな時間を過ごしていた。
【長崎市/原爆資料館・平和公園】松浦市から長崎市内までは約2時間。長崎市内の観光は、2日目のグラバー園散策からスタートし、その後、車窓からも原子爆弾の傷跡を学びながら、平和学習に関連する施設を見学。平和祈念像がある平和公園、長崎原爆資料館、原爆落下中心地などは、教育旅行の見学地としてよく知られているが、今回は長崎原爆資料館に隣接する「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」を重点的に視察した。
同館は、原爆死没者の尊い犠牲を銘記し、恒久平和を祈念するために平成15年に開館。手記・体験記や証言などが公開され、地下の「追悼空間」には今もなお増え続ける死没者の名簿が安置され、名簿棚の約250メートル先には原爆落下中心地がある。そのため、ここで追悼式を行うことも可能だ。1回の収容人数は約100名までだが、天気に左右されず、さらにこの静寂した空間での祈りは、平和公園での追悼式とはひと味違ったものになるだろう。
佐賀県 世界に広がる有田焼は 見て触れる学習体験を
長崎市内から次の訪問県である佐賀県有田町へ約1時間半で到着。
【有田ポーセリンパーク】日本初の磁器が1616年に有田で焼かれ、江戸期には伊万里港から輸出された古伊万里がヨーロッパで広く知れ渡った。ドイツのマイセン窯もこの有田焼がルーツ。
かつて有田焼の原料が掘られていた 「泉山磁石場」。ここから体験学習を スタートすると、生徒も歴史の流れが 理解できるだろう |
有田町内では、この伝統技術を鑑賞するだけではなく、実際に触れて体験するプログラムも多数用意されている。「有田ポーセリンパーク」は、ドイツのツヴィンガー宮殿を再現した焼き物のテーマパークで、団体用の食事施設、体験施設もある。
この日は、素焼きの皿やカップなどに呉須と呼ばれる絵の具を使って好きな絵や文字を描く下絵付けを体験。マグカップに鉛筆で下書きした後、絵の具で絵や文字を描いていく。ペットの絵を描いたり、日付や家族の名前を入れたりと、思い思いに楽しんでいた。作品は約1か月後に届くので、家族へのプレゼントにもふさわしい。
有田焼の下絵付け体験は、1か月後に現物が 届く。文化を学びながら家族や自分への 世界に1つしか ないお土産作りにもなる |
【佐賀県立九州陶磁文化館】第1展示室から第5展示室まで、歴史的・美術的・産業的にみて重要な陶磁器資料を収集・保存・展示している。有田焼の磁器作品だけではなく、陶磁器について調査研究や教育普及活動を行っており、世界的にも重要な作品を無料で鑑賞することができる。
陶磁器の種類には土器、陶器、b器、磁器があり、これを事前学習等で学びながら、当日を迎えることで深い学習につながるだろう。30分おきに鳴る有田焼で作られた大きな「からくり時計」は、高さが約2メートルと圧巻。有田の窯元が総力をあげて作った作品で、生徒にも人気があるという。
【泉山磁石場】最後に、有田焼の原料が発掘された「泉山磁石場」へ向かった。豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に連れ帰った朝鮮人陶工・李参平が、17世紀初頭に良質の白磁鉱を発見した、磁器の400年を物語る重要な場所。現在は熊本県の天草で掘られたものを原料として多く使っているが、学習の流れを作る起点となるだろう。
今回は佐賀県の文化に関する学習がメインの視察となったが、その他には、有明海に面した鹿島市での干潟体験(泥干潟を利用してガタスキーなどを行う)が人気。武雄市にある佐賀県立宇宙科学館「ゆめぎんが」で行う干潟の生態に関する事前学習も効果的だ。
大分県 天領日田の歴史学習と「水のプログラム」
廣瀬淡窓が分け隔てなく教育を施した私塾 「咸宜園」は国史跡に指定されている。 当時の教育機関がどのようなものだったか を知ることができる |
かつて天領として栄えた日田市の 豆田町は、 当時から続く商店が 今もその様子を残しており、 たくさん の祭りが四季を通じて行われている |
有田から約1時間半で、大分県の西側に位置し福岡県と接する日田市へ到着。江戸時代には、幕府の直轄地「天領」として代官所が置かれ、九州の政治・経済の中心地であった。歴史的な建造物が並ぶ豆田町エリアと、三隈川流域に広がる隈町エリアで構成される。
【咸宜園】日本には、様々な私塾があり、そこから著名な人物が輩出されている。日田市には廣瀬淡窓が江戸時代に開塾した「咸宜園」がある。「咸く宜し(ことごとくよろし)」という意味は、すべてのことがよろしいという意味で、門下生一人ひとりの意志や個性を尊重し、入門時には学歴も年齢も身分も問わず、幅広く門戸を開いた。明治30年の閉塾まで、5000人が学び、その門下生には高野長英や大村益次郎などがいる。
昭和7年に国の指定史跡となり、敷地内には一昨年10月に「咸宜園教育研究センター」がオープン。咸宜園に関するガイダンス映像や体験学習用の教材がある。同じく敷地内には、江戸時代に建設された居宅「秋風庵」や書斎「遠思楼」などが保存・公開されており、県内の学校を中心に学習利用での実績が確立されている。
【豆田町散策】歴史的な町並みが評価され、平成16年に「重要伝統的建造物群保存地区」として国の選定を受けた。豆田上町通り、豆田みゆき通りの大きな2本の通りを中心に、横道が通り、かつて全国から集まる大名を相手に商売を続けてきた商店が、昔の趣を残して並んでいる。
「大刀洗平和記念館」の天井に吊る されているB29シルエット。 大きな爆撃機が空襲で子どもたちの 命を 奪ったことが身をもって 理解できる |
工業都市・北九州の環境問題の昔と 今がよくわかる「環境ミュージア ム」。週末に学びこれからのエコラ イフを資料や体験を通じて理解する ための施設だ |
散策時には、約15人のご当地コンダクターが、散策ガイドを行っており、この日は梶原武士さんが一行を案内。天領・日田の歴史は参加者も詳細を知らなかったようで、建物や街並みについて質問が次々にあがる。ご当地コンダクターは目的に応じて様々な案内しており、生徒を案内することもあるという。
また、日田市は筑後川の最上流に位置し、豊富な水量を誇る三隈川を有し「水郷(すいきょう)日田」と呼ばれ、水が教育旅行のキーワードともなっており、三隈川に隣接する宿泊施設から屋形船に乗り、400年の伝統を誇る鵜飼いも楽しめる。屋形船は教育旅行利用も多く、食事とレクリエーションで約1時間半、クラスの親睦の場として一役買っている。他にも水郷日田は、環境都市として環境教育プログラムの舞台も用意している。
福岡県 公害克服の地で学ぶ 意味ある環境学習
日田市から、福岡県の筑前町へは約40分。
【大刀洗平和記念館】旧陸軍が東洋一と謳った大刀洗飛行場を中心に、軍都が存在していたが、昭和20年3月の大空襲で、多くの民間人も犠牲となった。その史実を伝える"平和への情報発信基地"として「大刀洗平和記念館」が、平成21年に開館した。
飛行場の歴史や壊滅的な空襲を受けた様子がパネルや映像で自由に学習でき、本物の零戦の展示も見られる。語りの部屋では、シアター映像"大刀洗1945・3・27"を約15分間上映し、戦争体験者の女性とその孫との会話から、多くの命が失われた様子を伝えている。定期的に行われているボランティアの詩の朗読は、当時を想像させ悲しみがこみ上げる。館内の見学と併せることで理解が深まるだろう。
【北九州市/環境ミュージアム、いのちのたび博物館】大刀洗から約1時間半の北九州市。八幡製鉄所の操業以来、工業都市として日本の経済発展に貢献した同市は、その過程で"七色の空""死の海"と呼ばれるほど深刻な公害が発生したが、市民・企業・行政が一体となり公害を克服。その対策や成果は国内外で評価され、今年度はOECDからアジアで初めて「グリーン成長モデル都市」に認定された。現在、年間17万から18万人の修学旅行生が、同市を訪れている。
公害克服の歴史は「環境ミュージアム」で学ぶことができ、要所に立つインタープリター(案内係)が、会話を通じて子どもたちの気づきや理解を深めてくれる。同市では、シャボン玉石けんやTOTOなどの企業も環境学習を支援し、各校の要望に応じた時間と内容を組み合わせられる。お昼にはゴミの出るバランや調味料を使用しない「エコ弁当」を市内の弁当屋が作ってくれる。
「環境ミュージアム」の向かいには、西日本最大級の自然史・歴史博物館「いのちのたび博物館」があり、46億年前の地球誕生から現代にいたる自然と人間の歩みを学習することができる。全長35メートルのセイスモサウルスやティラノサウルスなどは圧巻だ。
【2012年2月20日号】