子どもの心とからだの健康
表面だけでなく歯垢にもブラシを 8020運動というのは、80歳になったときに20本の歯を残そうという運動です。けれども日本人は、80歳ではたった4〜5本の歯しか残っていません。(ちなみにアメリカでは17本です)。健康な歯を保つためには子どもの頃からの生活習慣が大切。今回は東京都渋谷区で熱心に歯の指導を続けておられる芳村歯科医院の院長、芳村英明さんにお話を伺いました。また、後半では「噛む」ことと脳機能の関係の講演をお伝えします。 |
−−毎日歯を診ておられて、子どもたちの虫歯の様子はどうですか? 芳村 虫歯は少なくなってきました。20年前は小児歯科は忙しかったんですが。放りっぱなしだった昔に比べ、今は衛生思想が浸透したからでしょう。それでも、外国に比べると日本は虫歯がとても多いです。 −−小さいときの虫歯予防は? 芳村 子どもに乳歯が生えたときからしっかり歯磨きを教えてあげないといけません。3〜4歳になれば自分で歯ブラシを持たせましょう。NHKの「おかあさんといっしょ」では、「歯ブラシくちゅくちゅ」と遊びみたいにやっていますよね。磨きが十分でないところはおかあさんがやってあげましょう。小学校3年位になるとお母さんの手を離れて、大体1人でできるようになります。けれども、その後もお母さんは口の中をときどき見てあげて下さい。今、歯が何本あるのか、確認してほしいです。 −−今はみそっぱというのはないのですか? 芳村 あまりみないですね。あれは授乳期にミルクの代わりに与えたジュースや健康飲料水が口の中に残っていて、虫歯になったもの。子どもが寝ている間は代謝せず、きれいになりませんから。子どもが寝ないからといって、ジュースを与えてはいけません。お茶がいいでしょう。 −−外国に虫歯が少ないのはなぜですか? 芳村 外国ではフッ素を虫歯予防に使う所が多いからです。日本にはフッ素の反対運動があって、企業がフッ素を入れるのを躊躇していました。でも今では80%の歯磨剤にフッ素が入っています。推進運動としては、地域ぐるみ、学校ぐるみで食後にフッ素を口に含み、虫歯の予防をしている所もあります。現在多くの国の水道水の中に微量入れています。日本でも入れてほしいと思っています。私のところではフッ素を歯の表面に塗布しています。フッ素は食品や自然にも存在するもので安全性は確保されていますが、バランスとコントロールが必要です。 −−歯の磨き方の注意点はどんな所にあるのでしょう? 芳村 歯磨きの最大の目標はプラーク(歯垢)を取ることです。歯の表面だけでなく歯垢の所に歯ブラシがあたるように、鏡を見て歯磨きをする習慣をつけるといいでしょう。歯と歯茎の間に歯ブラシを当てるとマッサージ効果も出ます。 |
ここで、それではなぜ歯を大切にしなければいけないのかを考えてみましょう。今、咀嚼機能と脳機能の間には関係があることがわかってきました。咀嚼とは食べ物を噛み砕き、やがて自分の血と肉とすることです。噛めば脳の働きがよくなるということがあれば、これからの高齢化社会に向け、豊かな生き方のヒントにもなるはずです。 先日都内で行われた岩手医科大学歯学部教授の田中久敏さんの講演「咀嚼と脳機能」の一部をお伝えします。 脳機能と咀嚼機能というのは、いろいろな形で日本でも研究が行なわれています。それでは、歯がなくなるということが脳にどれだけ影響するかをみてみましょう。日本では平成12年を過ぎると、寝たきりや痴呆症の老人が急増すると予測されています。そこでアルツハイマー、特に痴呆症になりやすい危険因子について調べた結果、日本ではすべての研究者が歯科疾患、または歯の喪失をあげているのです。ということは、日本では今、歯科治療の質の向上に務めなければならない時であるということです。 そこで、歯が長期的になくなったらどうなるのかという動物実験をしました。動物で上顎の歯を抜いた状態や下顎の方、また上下などの幾通りかの状態を作り、痴呆症にかかるかをみたものです。 抜歯をして1週間、7週間、20週間経たものを比較しました。動物の1週間を約1歳と考えますと、20週齢というのは、人間の年齢にすると約57〜60歳の知覚の状態です。結果をみますと、歯を抜くと脳機能のスピードが落ちてくることがわかります。特に上顎の歯を抜いて20週間置いておくと、極端に脳機能が悪くなることがわかります。 それから「健忘症」といわれる「間違いやすさ」ですが、なぜか上顎を抜歯した群ではエラー回数が多くなっています。歯をまったく抜かなかった群では訓練をすればするほど状況はよくなるのですが、歯を抜いた群ではその状況は悪くなっています。これらのことから、歯のあるなしは、脳の活性に大きな影響があるということがわかります。 次に、脳の解剖をして、咀嚼機能と脳機能の関係をみてみます。脳の中で一番記憶障害になる罹患部は海馬という所です。海馬の中でもアルツハイマーや痴呆によって最も顕著に細胞が変性する部分があります。その部分と、咀嚼系の神経伝達が行なわれる部分の細胞の変性を見てみました。そうすると、やはり上顎の歯を抜いたものが1番劣悪な結果だったのです。実験動物における痴呆の度合いと、解剖した脳の状態。この2つの結果がイコールになったということです。 以上のことから、歯がなくなるということは痴呆症に大きな影響を及ぼすということが示されました。口腔(口の中)環境の改善が重要だということです。特に「噛むこと」自体は、歯を介して生体に加えられる機械的な圧力が、身体を構成する細胞の働きを活性化させるのだ、という結論が導き出せます。 (教育家庭新聞2000年5月20日号) |