文部科学省教職員海外派遣6か月研修(英語)で、イギリスに来て滞在しております。イギリスは資源のない島国で失業問題も深刻という日本と同様の環境で、教育改革を断行してきました。今回はイギリスの教育改革の調査のために、イギリス王立エクセター大学のウィリアム・リチャードソン教授(教育学)に話を伺いました。
先進国を中心に、教育改革が世界的な波になっていることには理由があります。一番大きな理由は、「グローバリズムと超情報社会への対応」、つまり「グローバル競争」です。これに乗り遅れた国は、衰退してしまいます。ですから、教育改革に乗り遅れるわけにはいかないのです。
グローバル競争の有名な話を、2例挙げます。
・サンフランシスコのソフト会社のプログラミングを、インドのソフト会社が低賃金で下請けし、インターネットでリアルタイムの取引をしています。
・ロンドン市内の電話交換業務を、インターネット電話経由で、インド人がインド国内で行っています。 国際化と情報化が、新たな「搾取の構造」を生み出しており、世界史に例えるなら「大情報航海時代」が始まったばかりなのです。
20世紀後半、長期的な不況にあえいでいたイギリスは、サッチャー元首相の元で、1989年から教育改革をスタートさせたのです。以後、イギリスの公立学校は度重なる教育改革を受け、競争原理にさらされています。
1989年、イギリス教育省は最初、様々な権限を県教育委員会にあたる60のカウンティー教育委員会に与えました。しかし、ほとんどのカウンティにおいて教育改革が予定通りに進みませんでした。機動力・推進力の乏しい地方カウンティー教育委員会に権限を与えたことが、大きな失敗の原因となりました。
イギリス教育省は、90年代半ばに各カウンティー教育委員会の権限のほぼ全てを一度、掌握・管理しました。この時点で、各カウンティー教育委員会は、児童生徒の福祉がメインの職務となりその機能は完全に形骸化しました。
その後の教育改革は、全ての学校の校長と学校理事会(地域の議員・財力あるスポンサー・PTA役員)に委ねられました。学校長と学校理事会には、絶大な権力が与えられています。例えば、荒れた学校を建て直すため、イギリス教育省はその学校に優秀な校長を抜擢します。校長は全ての人事権を持っており、学校経営方針に合う教員を全英から探し、ヘッドハンティングします。
また、一般教員から管理職になったばかりの校長はNCSL(バーミンガム国立校長養成大学)で学校経営方法を学び、場合によってはプロのスクールマネージャー(学校経営士)や財務行政官を雇うということです。学校理事会の財力あるスポンサーとして、企業はイメージアップを図るために、地域の学校経営に莫大な教育予算を寄付しています。宣伝効果も期待しているということで、会社ロゴの入ったノートや高価な教材を、無料で児童生徒に配ることもあるそうです。
公立校の教員でさえ、自分の能力が発揮できる希望校を探し、自分の履歴書を持って校長に売り込みに行きます。情報活用能力は基本条件の1つで、採用後も、シビアな勤務評定があり、指導力を発揮したと評価された場合、ボーナスや給料にも反映されるということでした。
では逆に、教育改革の成果を挙げられない学校はどうなるのでしょうか。イギリス教育省は、成果を上げられない学校を改善するために、学校を査察・評価します。教育水準査察局(OFSTED:Office for Standards in Education)から、6ケ月ごとに違う元学校経営者か教育省職員の査察官を派遣し、学校を長期的に査察します。基本的には、児童生徒の全国統一テストの平均点が各カウンティー内で最低になった学校が対象となることが多いそうです。
学校査察時の評価基準は、校長の学校経営力、各教員の指導力、児童生徒のテスト結果、学校の雰囲気である。これらの評価基準は、Webページにも記載されています。
HMSO(HerMajesty’sStationeryOffice)http://www.hmso.gov.uk/Department for Educationand Skillshttp://www.dfes.gov.uk 数年で改善しない場合、学校は閉鎖されるということでした。
驚いたことに10年前に既にOFSTEDは、イギリス教員の情報活用能力が危機的状況であることを報告し、教育省にICTカリキュラムの改善を示唆していました。
次回号では、イギリスの学校視察と電子黒板の効用について報告させていただきます。
【2004年11月6日号】