ICTを整備・活用しないことが学習指導要綱の実施を妨げる時代に
<東北大学 大学院 堀田龍也教授>

情報の"使い手"育む教育から"作り手"意識した教育内容へ

堀田教授
東北大学大学院
情報科学研究所
堀田龍也教授

今後の教育方法や教育環境構築の方針を決定する文部科学省の各種会議等で主査や座長を務めている堀田龍也教授に、これら会議や検討の位置づけと検討内容、それにより学校がどのように変わるのかを聞いた。現在主査や座長を務めている会議は、中央教育審議会教育課程部会高等学校部会、中央教育審議会教育課程部会情報ワーキンググループ(以下、WG)、「デジタル教科書」の位置付けに関する検討会議、小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議、2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会基本問題検討WGなど。

まず全体を整理します。

中央教育審議会教育課程部会情報WGでは、次の学習指導要領における高等学校の情報教育の方向性と、それにつながる小中学校段階での情報活用能力の育成について、教育内容として検討しています。その一部として、小学校におけるプログラミング教育について有識者会議での検討が進められています。

新しい学習指導要領の内容を確実に実施できるための教育環境整備について話し合いが進められているのが「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会」です。

中間まとめ後に設置された同懇談会の基本問題検討WGは、教育環境整備について解決すべき課題を整理するもの。デジタル教科書の扱いは課題の1つで、2020年に向けてどのように整備・配信・標準化するかについて検討しています。

これらの中間まとめは6月に公表され、一定の方向性が決まり、今後の教育政策と予算確保の指針となります。

授業改善とICT活用は同時に語られることが多いのですが、新しい学習指導要領にはアクティブ・ラーニングや「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」3つの学びを視野に入れた学習内容が盛り込まれていますので、学習指導要領通りに行えば良いわけです。学習指導要領通りに行うために、ICTを便利に活用できる環境を整備する必要があり、ICTを整備しないことが学習指導要領の実施を妨げる時代を迎えつつあります。

今まで以上に大きい普通教科「情報」の役割

新しい学習指導要領では全教科において、アクティブ・ラーニングやカリキュラムマネジメントなど、これからの時代の学びへの対応が盛り込まれています。知識中心、あるいは体験主義などとどちらかに振り子をふるのではなく、双方のバランスをとって3つの学びを実現できる教育改善が全体方針であり、それを実現する学習方法をアクティブ・ラーニングと表現しています。

これを踏まえて情報教育の在り方を再検討中です。例えば、現在行われている体験的な学習活動は、「知識や技能を活用する深い学び」につながっているのか、現在の調べ学習は調べただけで終わっていることが多いのではないか、情報モラルや情報の科学的な理解が不十分なまま「活用」を進めようとしているのではないか‐‐などの見直しです。

急速に発展している人工知能との共存を想定した社会は目前に迫っています。そこでは、コンピュータプログラムがどう動いておりどう活用すれば便利で何が危険なのか、そのうえで人間の役割は何かについて考えることが求められます。

しかしこれまで、普通教科「情報」においては「社会と情報」の履修率が約8割と高い傾向にあり、情報の科学的な理解への積極的な学習は実現していませんでした。そこで今後、普通教科「情報」では、現行の「情報の科学」を中心とした内容に一本化。高校生段階で情報の科学的な理解を図ったうえでプログラミングやシミュレーション、モデル化などを確実に学べるようにします。さらに選択科目「情報」ではデータサイエンスなど知的レベルの高い探究的な学習の展開が期待されています。なお現行の「社会と情報」の内容と、新しい教科「公共」との内容の調整が注目されます。

高大接続改革により大学入試も変わります。その入試科目に「情報」が入ることからもわかるように、普通教科「情報」は、これまで以上にその役割が期待されているということです。これに伴い、中学校の技術分野では、プログラミングの内容が倍増する方向です。

小学校では各教科でプログラミング学習

文科省配布資料
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文部科学省配布資料より

では小学校においては何をすべきか。これを検討するのが「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」です。

情報の整理や伝え方などは既に学ぶべき内容として浸透、取組が進んでいますが、情報社会の理解については現在の手法では不十分であり、小学校でもプログラミング教育を体験的に導入すべきというのが経済界の強い意向です。しかし海外でも「プログラミング教育」単体で導入している国はほぼありません。

そこで日本においては、「情報手段の活用」に関する事項は「総則」の中でかなり強く盛り込まれることが検討されています。さらに国語や社会などの様々な教科でプログラミングにつながる体験を盛り込んでいく見込みです。例えば音楽で「PCを使って曲を作る」のではなく、「コンピュータに命令を与えて実行させる」体験活動として盛り込むことなどが想定されています。

アクティブ・ラーニングを実現できる教育環境を構築

持ち帰り想定ならBYODも

「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会」は、新しい政策や中教審の動きを実現するための整備内容や手法を考えるもの。これまでも名称を変えて定期的に開催されており、既に4月8日に中間取りまとめが公表され、7月下旬の最終取りまとめに向けて現在3つのWGで詳細が検討されています。

このうち基本問題検討WGでは、次の学習指導要領を実現できる教育環境整備を検討しており、論点は多岐にわたっています。

まずは学習者用端末について。学校備品としての整備であれば、モデル校など特別な場合を除いては自宅への持ち帰りは制度的に難しいものがあります。全員が所有して自宅に持ち帰るのであれば、BYOD(Bring your own device)などの保護者負担(あるいは一定額以上の負担)が原則となっていくことでしょう。

では学校備品として学習者用タブレットPCを整備する場合にはどうすれば良いのか。

学習内容の想定により整備台数・形態は異なりますが、少なくとも次の学習指導要領を想定したアクティブ・ラーニングを実現できる程度の整備として、無線LAN及び協働学習を想定した台数の学習者用タブレットPC整備は必須となるでしょう。

現在、児童生徒用PCの整備目標は3・6人/台です。しかしどのような学習内容を想定した整備をすればこの数値になるのかについては不明瞭な面がありました。今後は「協働学習を想定した場合は○台」のように、学習場面ごとに、より具体的な数値目標を計画しやすくなるはずです。

普通教室の一斉提示環境は、現在の学習指導要領の目的を実現するために必要であるとされているにも関わらず、いまだに全教室に行きわたっていない(※1)ことは本WGでも問題視されています。学習者用タブレットPCを整備することで一斉提示環境は不要であると考えている自治体もあると聞きますが、まずは一斉提示環境、次にグループ学習を想定した学習者用タブレット整備と、整備の順番が大事であることは既に中間まとめでも公表されています。

欧米で視察したいくつかの学校では、午前中は国語や算数で電子黒板など一斉提示環境を活用した知識理解中心の授業を主に行い、午後に1人1台のタブレットPCやノートPCを活用した授業を行っていました。協働学習のほか、少人数の個別学習などです。一斉授業の割合は思いのほか多く、これを効率的に進めるための提示環境(プロジェクターや書画カメラ等)が重視されています。教科書やワークブックを書画カメラで投映して一斉提示、ワークブックそのものは協働型で行うなど一斉授業と協働学習・個別学習がうまくかみ合っていることから、PISAの結果が出ていると考えることができます(※編集部注 なおオランダは個人学習と協働学習が中心で一斉授業がほぼないためPISAの結果が出にくいと言われている)。

※1 平成26年度の実態調査によると電子黒板を設置している普通教室の割合は小学校10・9%、中学校8・1%、高校6・3%。なお教育のIT化に向けた環境整備4か年計画(単年度1678億円・平成26〜29年度、総額6712億円の地方交付税措置)の目標値は1学級あたり1台。

学習者用デジタル教科書当面は紙と併用 検定なし

学習者用タブレットPCで教科書を活用する場合、デジタル教科書の制度上の位置付けが問題になります。

「デジタル教科書」の位置付けに関する検討会議ではこれについて検討しており、6月2日には中間まとめ案の審議が行われました。現在、(一社)教科書協会や(一社)全国教科書供給協会等関係団体とのヒアリングと調整を進めています。

著作権の問題については、教科書であればデジタルになっても扱いは同様というわけにはいかず、各種関連法令の修正を視野に入れると2020年には間に合いません。そこで現状の法令でアクティブ・ラーニングの実現が可能なラインとして、紙の教科書と同様のデジタル化を実現するというのが中間まとめの方向性です。

すなわち、検定は紙の教科書のみで、それをデジタル化した「デジタル版教科書」の検定はなし。デジタル教科書ならではの様々な動画やシミュレーション、ドリルなどの教材部分は「デジタル教材」としての扱いで、これまで同様、各社による販売対象の教材になります。ビューアの標準規格づくりは国が行う方向ですが、使用の義務付けはせず、各社が提供するビューアを活用する場合もあると思われます。

なお2020年以降については、学校種や教科によってデジタルと紙の教科書のどちらかを選択・使い分けるという仕組みに移行していく可能性があります。

 


【2016年6月6日】

 

 

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