1) 2012年 PISA調査でコンピューターを使った「問題解決能力」の測定を検討 東京工業大学名誉教授 名誉教授 清水康敬氏
2) 強固なIT基盤が21世紀型スキルを育む 東京大学大学院教育学研究科教授大学発教育支援コンソーシアム推進機構副機構長 三宅なほみ氏
3) 企業支援で育む21世紀型スキル
> 日本国内でも世界の学生と就職を競う時代が訪れる インテル教育プログラム推進部部長 柳原なほ子氏
> 産学連携で活用しやすいプラットフォームを提案 マイクロソフト株式会社執行役 常務オパブリックセクター担当 大井川和彦氏
2012年 PISA調査でコンピューターを使った「問題解決能力」の測定を検討
「21世紀型スキル」が世界的な注目を集めている。その評価方法を検討する「ATC21S」もスタートした。評価方法の確立はスキルの育成に欠かせない。「21世紀型スキル」とはどのような能力で、なぜ注目を集めているのか。企業はどのような取り組みで「21世紀型スキル」を支援しようとしているのか。日本において「21世紀型スキル」と新学習指導要領はどのような関係があるのか。
新しい学力観に基づいた新しい評価方法の模索がスタートした。世界の学力観が変わっている。日本でもこの動きに倣い、新しい学力観を根付かせ、21世紀を生き抜ける子どもたちを育成する必要がある。2012年を目途にPISA調査に加えられる可能性が高い「21世紀型スキル」とは何か。東京工業大学名誉教授・清水康敬氏に解説して頂いた。
2010年1月にロンドンで開かれた「学習とテクノロジー世界フォーラム」で、ATC21Sのプロジェクト(21世紀型スキル効果測定プロジェクト=Assessment
and Teaching of 21St Century Skills)のプロジェクトリーダーであるバリー・マクゴウ教授(メルボルン大学)から報告がありました。
このプロジェクトは、昨年(2009年)の同フォーラムでキックオフのアナウンスがありましたが、わずか1年で、302ページにもおよぶドキュメントが作成されていました。
そして、2012年に実施されるOECD(経済協力開発機構)のPISA(国際学力到達度テスト)でコンピュータを使った問題解決能力の測定が始まる可能性が大きいこと、IEA(国際教育到達度評価学会)は2013年調査に活用を予定との説明がありました。このようなことから、国際的に21世紀スキルが注目されています。
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東京工業大学 名誉教授
清水 康敬氏
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基礎力としての21世紀型スキル
21世紀型スキルが最初に検討されたのは2003年で、米国教育省援助で第3セクター方式の「21世紀型スキルのためのパートナーシップ」という組織が検討した考え方が基礎になっています。筆者は2004年2月にワシントンDCでこの組織のオフィスを訪問した際に詳しく説明を受けましたが、以下の作業を進めていました。
・テクノロジー・リテラシーと21世紀スキルを定義すること。
・21世紀スキルを学級に適用する最善の方法を把握すること。
・スキルや基本的スキルを補完的な形で指導する方法を理解するために州や学校を支援すること。
・テクノロジー・リテラシーや21世紀スキルに関する自己評価のツールを計画すること。
・21世紀スキルを定義・指導・評価するツールを生み出す枠組みを作成すること。
また、21世紀的教育のための学校の在り方として6つの要素を挙げていました。
・主要科目を重視すること。
・学習スキルを重視すること。
・学習スキルを発達させるために21世紀的ツールを使用すること。
・21世紀的コンテクストについて教え、学ぶこと。
・21世紀的コンテンツを教え、学ぶこと。
・21世紀的スキルを測る21世紀的な成績評価を行うこと。
「スキル」の意味
「スキル」を日本語で普通に訳すと、技(わざ)とか技術、技能、技量となります。しかし、「21世紀型スキル」で求めているスキルはもっと大きな意味の「能力」を持たせています。
今年のロンドンでの世界フォーラムでバリー・マクゴウ教授の説明によると、能力は英語ではcompetencyが使われるが、competencyは必要最小限の能力を意味してしまう。capacityの用語もあるがこれも意味がしっくりしない。そこで、定義をきちんとすることにして、単語はskillsとしたとのことでした。
従って、英語に適切な単語がないようですので、スキルを和訳しないで、「21世紀型スキル」とカタカナのまま使うことが良いと考えています。
21世紀型スキル
4カテゴリ定義
「21世紀型スキル」の定義については、ATC21Sプロジェクトの「21 世紀のスキルに関する作業グループ」で検討されており、以下のように書かれています。
・思考の方法(創造性と革新性、批判的思考・問題解決・意思決定、学習能力・メタ認知)
・仕事の方法(コミュニケーション、コラボレーション(チームワーク))
・学習ツール(情報リテラシー、情報コミュニケーション技術(ICT)リテラシー)
・社会生活(市民権(地域および地球規模)、生活と職業、個人的責任および社会的責任(文化的差異の認識および受容能力を含む))
到達度テストは
コンピュータで
定義された「21世紀型スキル」を測定して評価する体制を確立するために、手法に関する作業グループ、テクノロジーに関する作業グループ、教室環境と形成的評価、新しい評価法の政策的フレームワークに関する作業グループで具体的に検討されています。
例えば、コンピュータを使ったテスト方法が検討されており、試行的に実施されています。コンピュータを使うことによって、問題を解いた時間も測定でき、思考のプロセスを分析することも可能と考えられています。
2012年のPISA調査ではコンピュータを使った問題解決能力の測定が始まる可能性が大きいと言われています。このような方法で、国際学力到達度テストが行われるようになれば、児童生徒のコンピュータ・リテラシーのレベルを十分に高めておくことが必要になってきます。
21世紀型スキル
検討しているPISA関係者
ATC21Sで検討されている21世紀型スキルは、OECDのPISAに大きな影響を与えていますが、組織の人的関係があるようです。例えば、ATC21Sのプロジェクトリーダーのバリー・マクゴウ教授は、OECD教育局長を勤められた方で、その前は、オーストラリア教育研究所長をされていました。テクノロジーに関する作業グループ・リーダーのベノ・チャポー教授(ハンガリー)は、PISA運営理事会の副議長をされた方とのことです。
また、現在OECDのPISA担当であるアンドレア・シュライヒャー氏は、新しい評価法の政策的フレームワークに関する作業グループのメンバーとなっています。そのため、ロンドンでの世界フォーラムでは、昨年も今年も、彼が21世紀型スキルとPISAとの関係を説明していました。
このように、PISAの関係者が21世紀型スキルを検討していることが、国際的な学力比較テストに関係している理由のような気もします。PISA関係者が、今後の学力テストに21世紀型スキルが重要と考えているという意味かと思います。
尚、ATC21Sプロジェクトは、3大ICT関連企業であるインテル、シスコ、マイクロソフトの支援を受けて実施しており、公・民連携の取り組みとしても注目されます。
世界が大きく動いていることに注目しておく必要があると思います。
強固なIT基盤が21世紀型スキルを育む
「ATC21S」※では、PISA担当のアンドレア・シュライヒャー氏も加わり、各国でワーキンググループを展開、21世紀型スキルの内容や評価方法について検討している。認知心理学の第一人者である三宅なほみ氏もメンバーの一人だ。三宅氏に、21世紀型スキルと新しい学びについて聞いた。
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東京大学大学院教育学研究科教授
大学発教育支援コンソーシアム
推進機構副機構長
三宅 なほみ氏
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知の再構築の
プロセスを
喚起できる教材を
21世紀に必要なスキルは、19世紀に必要とされていたスキルとは異なります。「21世紀型スキル」とは、21世紀というデジタル時代のコミュニケーションスキル、思考及び問題解決スキル、効果的なコミュニケーション能力などを指します。
これを「ATC21S」では4カテゴリ10スキル(表)に分類、その評価方法について、OECDのPISA担当者を含め、検討が進んでいます。
これまでのスキルは、個人が知識を正確に把握すること、与えられた課題を効率よく解くことが中心でした。したがってゴールを決めることができ、そこに到達するための教育をデザインすることができました。
ところがいまや圧倒的な情報環境が整備され、情報は常に更新されています。ゴールはむしろ、近付くにつれ新しく設定し直されるものとして捉えられるようになり、あらゆる状況に対応することが必要になりました。そのため、決まったことを教員が教えていくのではなく、子どもたちが答えを見つけたり、同時に問題点を発見したり、グループ同士でコミュニケーションしながら解法を共有、知を再構築したりしていくプロセスが重要となります。それには、これらのプロセスを喚起できる教材が必要です。
たとえば解法や円周率をただ暗記するのではなく、なぜ円周率は3・14位になるのか、円の性質とは何かを、時間をかけて考え、学び合いながら理解できる教材です。
大学発教育支援コンソーシアム(CoREF)では、このような「新しい学び」を引き起こす教材を連携校と開発、提供を行っています。
現在中学校理科や小学校算数の事例があり、今後高等学校の事例も含めて継続的に発信していく予定です。こういった教材をいろいろな先生方が使ってみて吟味し合い、学習の質を高めて行ければ、PISA調査でも良い結果が出ることが予測されます。
新しい学びには
新しい評価方法
新しい学びには、新しい評価方法が必要です。学習結果の到達点を測る評価ではなく、学習の進み具合を捉え、次の段階に進むために今やっていることをどう変えたらよいか判断するための評価です。このような評価を学習の進行に合わせて行うためには、学習プロセスの記録を取り、分析・共有して次のステップを検討する強力なIT基盤が必要です。IT基盤が強力であれば、教員はそのIT環境の維持や新しい評価方法に翻弄されることなく「新しい学びの構築」に集中することができます。
現在考えられるIT基盤としては、以下のようなものがあげられます。
(1)メンバーの貢献度を分析するツール (2)必要な情報を制限されることなく広く探すことができるネットワーク環境 (3)新しいメディアや多言語の使用を可能にするツール (4)自分のアイディアをはっきりさせるために書く力を育てるツール (5)書き込みのやり時からメンバー間の社会的関係を表示するツール、などです。
強力なIT環境の構築は、想像以上に「学び」を深めます。現状でうまくいっている学習形態を探り、よりよくするために何が必要かを精査、次の世代を担う子どもたちの持つ可能性を最大限に伸ばしていくことが必要です。
21世紀型スキルの
PISA調査には
6か国が参加表明
PISA調査では、2012年を目途に「21世紀型スキル」についての測定を視野に入れた活動を進めています。早々に参加表明をしたのは、イギリス、フィンランド、シンガポール、韓国、オーストラリア、ポルトガルなど。日本でも「21世紀型スキル」を測定するには、日本のコンピュータ環境がもっと開かれ、メンテナンスフリーで、世界と自由につながったネットワークを使うことができなければなりません。多様な学び、多様な評価に対応できる「強固なIT基盤」が提供されている必要があります。
オーストラリアでは、「21世紀型スキル」測定に向け、現在すべての学校に強固なネットワーク基盤を構築しようとしているそうです。ナショナルカリキュラムでは、リテラシー、計算力、ICT、考える力、自律性、協調性、知的理解、倫理的行動、社会性の育成を目指しており、カリキュラムや評価、教員養成などのシステムを統合的に整備、教育制度の合理化がスタートしています。MCEETYA(教育・雇用・訓練・青少年問題に関する閣僚協議会)では、ICTリテラシーを(1)情報へのアクセス、(2)情報のマネジメント、(3)評価、(4)新たな理解、(5)コミュニケーション、(6)適切なICTの活用としており、2005年より3年ごとに小中学校を対象にICTリテラシーの調査が行われています。
「生きる」ことに、一定のゴールはありません。同様に「21世紀型スキル」にも、決まったゴールはありません。ゴールは、次の学びへのスタートそのもの。常に学び続け、成長し続けていくことが求められています。ひとりひとりの知識を構築していく過程を支援できる強力なIT基盤と、みんなが学び合い、互いに賢くなってゆく社会的な仕組みが必要です。
※「21世紀型スキル獲得のための評価法と教授法研究プロジェクト」
http://www.atc21s.org/home/
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【2010年5月8日号】
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