最新IT教育―実践、成果を報告― | ICT|フィンランド教育 |
共通教科「情報」が創設されてから約10年。その間、情報テクノロジーは飛躍的な進歩を遂げ、生まれた時からICTに接する「デジタル・ネイティブ世代」も出現、共通教科「情報」に求められる内容は年々深化してきている。昨年告示された高等学校新学習指導要領・共通教科「情報」は時代の流れを受け、情報活用能力育成の重要性を反映した形となった。改訂のポイントとその意義、情報科教員に今求められる力について永井克昇視学官に聞いた。
新しい高等学校学習指導要領の共通教科「情報」には、すべての日本人にとって「情報活用能力」は必須の能力であり、身につけるべき力である、というメッセージが込められています。基礎学力は「読み・書き・計算」と言いますが、「情報活用能力」はそれに並ぶ第4番目の力といえます。
情報教育の内容は小・中学校学習指導要領において各教科に盛り込まれていますが、特化した教科設定はありません。そこで高等学校の共通教科「情報」では、小・中学校で習得した情報活用能力を確実に定着させ、世に送り出すという役割を果たしていかなければなりません。
共通教科「情報」は、いわば小・中・高12年間の情報教育の集大成。子どもたちが高等学校を卒業し、社会に出て生きていく時に困らないための力である情報活用能力を身につけさせる、このことが情報教育に課せられた役割です。情報科の先生方には、共通教科「情報」は非常に大事な責任を担っている教科だということを認識していただき、気概を持って取り組んでいただきたいと強く願っています。
現在のような知識基盤社会の時代では、本当の意味での情報活用能力を身につけさせ、子どもたちを社会に送り出していかねばなりません。
本当の意味での情報活用能力とは何でしょうか。
「情報」の授業と言うと、コンピュータやソフトウェアを操作してスキルを身につける教育というイメージが先行しがちです。「情報活用の実践力」を身につけることは重要です。これに加え、インターネットの仕組みを始めテクノロジーの特性等を理解する「情報の科学的な理解」や、情報モラルを踏まえた情報を創造し発信する力など「情報社会に参画する態度」の3つの能力・態度をバランス良く育てていく必要があります。
これら情報教育の目標の3観点を1つの価値として統合されたものとして身につけさせようという理念そのものが、諸外国とは異なる「日本型の情報教育」のあり方です。
モラルや社会性に乏しい人が技術を使うとどうなるか。社会にとって甚大な損失を生み出すに違いありません。そうならないようにするためにも情報教育はスキル偏重ではなく、安全で適切な「活用」という視点からとらえる必要があるのです。
現行の学習指導要領では、「情報A」「情報B」「情報C」をバランス良くカリキュラムを組んでいこうという動きが見られましたが、幼いころから情報活用の経験がある子どもたちが増えてくることも予想されます。そこで新学習指導要領では、現行の「情報A」を発展的に解消し、新たな2科目「社会と情報」「情報の科学」を立ち上げました。先生方にはぜひ「本当の意味での情報活用能力とは何か」を軸に授業をデザインし、この2科目に魂を吹き込んでいただきたいと期待しています。
すでに現場では先生方の意識に変化が見え始めています。
各県に「情報」の研究会が立ち上がり、2年前には全国組織化もされました。研究会を通して、先生方が議論を重ね、授業実践し、情報交換することにより「情報の授業で何を身につけさせるべきなのか」への理解も深まっています。
かつて情報の授業といえば、コンピュータ室でインターネットを利用し、プレゼンテーションソフトなどを駆使して発表を行うことに注目が集まりがちでしたが、普通教室で「知識」を学び、生徒同士でグループ討論をし、その知識を活用・定着させるためにコンピュータを活用する授業を展開するなど、「生徒たちがこの50分間で学ぶものは何か」を意識し、振り返りながら授業を行うことができる先生方が増えてきたと感じています。
「情報」の担当教員には、まず学習指導要領がうたっている「情報」の内容を十分に読み込んで、改訂のポイント、意図を理解していただきたいと思います。
学習指導要領、解説を読み進めていくと、実は「情報」は非常に学際的な教科だということが分かっていただけると思います。先生方には実践的な部分だけでなく、情報活用能力に関わる様々な分野について、幅広い興味・関心を持ち、知識・技能を身に付け、授業に臨んでいただきたいのです。
「既に知っていることしか教えない先生」では、取り残されてしまいます。教科「情報」は、変化を対象とし、守備範囲も広く、苦労の多い教科です。「情報」の担当教員が1人という学校も少なくありません。ぜひ地域の教員研修センターの研修や研究会に積極的に参加し、横のつながりを広げ、「学び続けること」を前提に未知のものを積極的に取り込んでいただきたいのです。
文部科学省で毎年調査をしている「教員のICT活用指導力」を見ると、経年で大きく改善が進んでいる都道府県があり、研修などを通して先生方が着実に指導力をつけてきていると感じています。情報モラルについても、例えば疑似体験できるシステムを活用した研修を行っている教育センターも増えてきました。学校や教員の周囲にあるリソースを上手に活用していただきたいですね。
文部科学省では、学習指導要領における情報教育を授業へ具体化するための資料集である「教育の情報化に関する手引」を作成しています。
国語や算数・数学などの教科では、授業計画や教材のアイデアなどが数多く蓄積されていますが、共通教科「情報」は新しい教科という面もあり、まだそれらが十分に蓄積されているとはいえません。そこでぜひ「手引」を学習指導要領と授業を結びつける手がかりにしていただければと思います。学習指導要領、同解説、手引の3点で、授業計画や教材の作成のポイントがイメージできるようになります。
ICTを使うと、どのような授業展開が可能になるでしょうか。
テレビの天気予報は、以前は等圧線や前線は手書きで描かれていました。が、今ではそれらを動画として示すことで格段に天気の移り変わりが理解しやすくなりました。同じ天気予報でもICTの活用により理解が促進されるようになったのです。
同じことが授業にも言えます。理解を促したい部分についてICTを活用し、視覚に訴えることなどができるようになりました。
授業で使う教具すべてをICTに置き換えねばならない、ということではありません。黒板を使う場面や、テレビを使う場面があるはずです。授業のどの場面でどんな教具を使うのか、これこそ「教育のプロとしての教員の腕」にかかっているのです。たとえ5分でもICTを使うことで生徒の理解を促せるのであれば、活用をいとわない教師であってほしいと期待しています。
専門教科「情報」は、情報教育の目標の3観点をベースに、情報の各分野の、より高度で専門的な知識・技術を身に付けさせる教科にしていく必要があります。
例えば、情報モラルについては、情報コンテンツを制作・発信していく際に、職業倫理に結びつけて指導していくことにつながります。
「システムの設計・管理分野」「情報コンテンツの制作・発信分野」における高度情報技術者を目指す生徒たちが学ぶ内容に、例えば、いかに必要な情報を選択し、相手に理解されやすいように構成・加工し、表現する内容を加えるか。情報を適切かつ効果的にデザインし、発信する内容を加えるか。専門教科「情報」の内容に情報教育の3観点をどのように組み込んでいくかが重要です。
現代社会で「情報」を扱う全ての人材に求められる力は情報をデザインする力です。専門教科「情報」には実学として大きな可能性があります。
日本の情報教育は「コンピュータが操作できるようになればいい」という即席型の道を歩もうとしているのではありません。様々な場面で正しく・適切に使えるようにする教育が情報教育であり、情報教育がよりよい日本の基盤を創っていくことになると信じています。
子ども達がこれから生きていく世界は、ICTと切り離せない世界です。ICTの恩恵を十分に活かして将来を切り開くという「光」の部分、そしてICTのリスクといった「影」の部分の両方を受け入れるための教育がぜひとも必要なのです。将来、新しい場面に直面したときに、光と影の両方をバランス良く見通しながら、適切に行動できる人を育むこと、さらに新しい価値を作りあげていくことができること。これが私たちが目指すべき情報教育です。
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“考える力”の礎を“情報”で身につける
東京都高等学校情報教育研究会
東京都高等学校情報教育研究会の平成21年度研究会が3月29日、東京都内で開催された。東京大学大学院の萩谷昌己教授の講演「大学からの高校情報科教育への期待」や同研究会の専門委員会の報告、ポスター発表、一般研究発表が行われた。
東京大学では1年生の前期に全学共通科目として基礎科目「情報」を履修し、情報の基本的な概念や情報社会に参画する態度について学ぶ。1年後期には「情報科学」(理系)が設置され、その上に情報関連科目が設置されている。情報科学は選択科目だが、希望すれば必ず履修できる科目として設定され、必要最小限のプログラミングやその概念を、実習を通して学ぶ。
多様な情報系基礎科目を設けていることについて萩谷教授は、「情報を専門とする学生以外にも情報科学を浸透させることが重要」と語る。情報について基礎的理解のある学生が社会に巣立てば、社会におけるITへの理解の幅が広がるからだ。
2003年度に高校に普通教科「情報」が導入され、2006年度から大学入試に「情報」を導入する大学が一部の私立大学や国立大学で現れた。この動きが広がることが期待され、東京大学や京都大学を始めとする国立大学も「八大学情報入試ワーキンググループ」を設置し、「情報」の導入を検討した。しかし結局、学内の調整が難しく入試には入れられなかったという。萩谷教授はこの経験を踏まえ「まずは学問としての情報分野の認知度を高めていくことが重要。すべての学問の基礎となる情報学として主張している」と強調する。
一方、近年の学生一般の傾向として学生間の学力格差の拡大、問題解決力の低下、学習意欲の低下を指摘する。こうした中、情報の科学は考える力の育成に焦点を充てたいとし、萩谷教授は、高校の情報科に期待することとして、「考える力、問題解決力の育成」をあげた。また、最先端の研究に触れる場を授業の内外で確保して欲しいこと、情報科における学びが他教科に貢献する力にもなることと要望した。
講演後会場から日比谷高校の天良教諭が「もの作りにはソフトウェアが欠かせないとう観点で、情報系だけでなく広く理工系全体の問題として、大学入試や次の教育課程のカリキュラムを文部科学省等に提言していく必要がある」と意見を述べた。
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研究会の専門委員会では、活動を報告した。
教材開発専門委員会では昨年度教育用命令語を備えた知的モジュールSMILEを開発した。これは利用度の高いVisual Basicでプログラミングができるが、Excelのバージョンが2003から2007になり動作しなくなったため、改良を加えたという。
高大連携委員会は東京大学オープンキャンパスの「情報分野における高大連携懇談会」に参加。情報科学科のオープンキャンパス見学や東京大学におけるロボット研究の聞き取り、高大連携の可能性についての協議を行った。また、北海道情報大学と北海道内4校、都立4校が連携し生徒が「特別科目等履修生」として登録する試みを報告した。これにより生徒はe‐Learningコンテンツを授業内で利用でき、所定の要件を満たせば大学進学後の単位としても認められる。
書籍「1秒の世界」をテーマに製作
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東京都立新宿山吹高校の梅沢崇教諭は専門科目「マルチメディア表現」(2単位)で「1秒の世界」を描いた授業実践(写真)を披露した。書籍「1秒の世界」(ダイヤモンド社)をテーマとして、その本の中から教師が見本を示し、前期はイラストレータで生徒それぞれが思い描く「1秒の世界」の絵にし、後期はフラッシュで動画を作らせた。
生徒は惑星や人から「1秒」を表わした。
神奈川県立横浜青陵総合高校の五十嵐誠教諭は校内ポスター作成の指導を発表した。五十嵐教諭は写真も含め必ず原寸のラフスケッチを描かせ、背景と文字の大きさ・色具合など全体的に指導。完成した生徒のポスターはビニールコーティングし、校内に1年中掲示している。
東京都立三鷹高校(4月から三鷹中等教育学校に改名)の竹澤見江子教諭がプログラミング用教材ロボットBeauto Racer(ヴイストン社製)を使い、アルゴリズムと簡単なプログラミングについての授業を紹介した。部品数も少なく10分程度で簡単に組立でることができる。1台3000円程度の学校普及モデルだ。それを1クラス40人分を用意して各自がプログラミングを学んだ。付属のプログラムは、フローチャートとほぼ同じ形式のGUIのため、生徒は理解しやすく短時間で実際のロボットを動かすことができる。
中央大学杉並高校の生田研一郎教諭は著作物、著作者の権利、著作隣接権、著作権の国際条約など全5時間の著作権授業について実践報告。多様な教材を自ら収集・活用した。
【2010年5月8日号】