ユーザビリティ全般の今後の方向をマルチメディア遠隔教育に適用しつつ研究、企業との共同研究も多く取り込み、「ユーザビリティ」では第一人者とされている黒須正明教授に、ユーザビリティの観点から「これから社会で必要とされる力」について聞いた。
ユーザビリティ活動とは、「世の中に対して適切なものを提供する」こと。その人がやりたいことを、その人に適合したやり方で、有効に、かつ効率的に行うことができ、満足できる結果が得られるようにする活動です。
現在、技術を駆使してシステムや成果物を提供している技術者・エンジニアには、この観点が抜けている人が大変多いと感じています。適切なユーザビリティ活動のためには、「ユーザビリティ教育」が必要なのです。
ユーザビリティ教育とは、「どんな特性を持っている人にどんなものがふさわしいのか」を理解させること。例えば相手の持つ特性を理解するためには、その人の抱える特性や社会的・文化的な状況を理解し、問題点を明確にする必要があります。小学校低学年に難解なパスワードを要求することは、その持てる能力において、不適切ですし、お年寄りが新しい機能をたくさん覚えなければ使えない道具を与えられるのも、ユーザビリティに反していると考えられます。
ユーザの多様性を理解するには、ある程度の経験が必要で、提供される側の立場になってモノを提供できる人材が今、求められているのです。そういった意味で、これからは、ユーザビリティに理解のある「深い心を持った人」がリーダーとなり、サービスを提供、世の中を引っ張っていく必要があります。
学校教育において「ユーザビリティ教育」を取り入れる可能性を今、研究しています。それは、「キャリア教育」にもつながっていくものです。
確かに学校教育には「限界」があります。現場のモノ作りやシステム作りには、「経験」が必要ですから。しかし、初等教育でできること、中等教育でぜひやっておいてほしいこともある。それは、他人の気持ちが分かること、想像できるようになること。学生を指導していて、この能力を身につけるには、高等教育では遅い、と感じています。初等中等期に、世の中には様々なスタンスの人が存在する、ということを知ってほしいですね。それには、「総合」の時間の有効な活用が望まれます。
米国や英国と比較し、ICT教育の遅れが指摘されていますが、ユーザビリティの観点からの教育はまだされていません。日本がこのジャンルで先鞭を付けることができれば、再び世界のリーダーに返り咲く可能性が生まれるのではないでしょうか。
その点で、今の情報教育のカリキュラムには若干疑問を持っています。
情報教育の必要性は明らかですが、技術の取得以上に必要なことは、自分の目的に合わせていかに情報機器やシステムを使いこなせるか、という点です。誰のために、あるいは、何のためにITを活用すべきなのか、本来の目的を見据えたカリキュラムが必要であると感じています。
<プロフィール>
黒須 正明 (くろす・まさあき)
・日立製作所、静岡大学情報学部教授を経、
2001年9月より現職。
http://www.usability.gr.jp/lecture/index.html
【2005年4月9日号】