問題解決型学習に「ゲーム制作」を
「アート」「テクノロジー」の複合芸術が「ゲーム」
コンピューターゲーム(以下「ゲーム」)産業は、家庭用ゲーム機の普及とともに大きく飛躍し、日本のコンテンツ産業とICT産業を牽引する重要産業として確固たる地位を築いている。日本の大学でも「ゲーム」を扱う学科が増えており、ゲーム産業は子どもたちにとって従来にも増して魅力ある産業となりつつある。そんな中、我々はこれからどのように「ゲーム」と付き合い、どのように人材を育成し、大人はどのように「ゲーム」を子どもたちに与えていけばいいのか。社団法人コンピュータエンターテインメント協会(以下CESA)会長・和田洋一氏と日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)会長である東京大学大学院情報学環教授の馬場章氏が未来の日本を担う重要産業である「ゲーム」をテーマに対談した。
(社)コンピュータエンターテインメント協会
会長 和田洋一氏
日本デジタルゲーム学会
会長 馬場 章氏
馬場 それにもかかわらず、国内では「ゲーム」というと、目が悪くなる、肥満になる、そして頭が悪くなるというように、依然として「諸悪の根源」として見られている節があります。「ゲーム脳」※1などはその最たる例で、学問的に見ても間違った表現です。これは世界各国を見ても日本だけの風潮ですよ。外国で「Game Brain」と表現すると、「ゲームをプレイすることで脳が発達する」という意味だと誤解されるくらいですから。保護者や教師が「ゲーム」に対し漠然とした不安を抱いている中で、キャッチコピー的な表現がうけ入れられただけではないでしょうか。
和田 新しい表現メディアが生まれたときは、その価値を正しく理解することは難しい。そのため、例外なく批判されるものです。テレビも映画も、小説も、かつては不健全なメディアだとして全て批判されてきました。もっと時代をさかのぼると、古代ヨーロッパでは、「文章を書く」ことすら批判されていたそうです。哲学が発達したギリシャでは「対話」が重視され、「一人でこもって文章を書いていてはダメ。学びがない」と考えられていたそうです。現代社会で生活する我々が考えると、大きな間違いですよね。
それと同じことが、「ゲーム」にも言えます。まず、保護者や教師の方々には、「ゲーム」が本当にどういうものか、理解していただければと思います。もちろん、「やりすぎ」は禁物ですが、これは「ゲーム」に限らず、どんなに素晴らしいこと、例えばスポーツでも同じことではないでしょうか。
馬場 「ゲーム」のことをよく知らないから、大人はゲーム機に向かって夢中でプレイしている子どもを見ると不安になるのです。まずは親子で「ゲーム」をプレイし、遊びの道具としてだけではなくコミュニケーションツールとして、例えば本や映画を通じて親子の会話をするような感覚で「ゲーム」を活用していただきたいですね。
大学で教えていると、非常に歴史に詳しい学生に出会います。彼らの知識は実は、本ではなく、「ゲーム」で知識を習得していることが多いのです。しかもかなり正確で深い知識です。
また、最近日本でもようやく定着してきた「シリアスゲーム」※2ですが、アメリカでは早くも70年代にシリアスゲームという言葉が生まれていました。ゲーム先進国である日本の私たちも、「ゲーム」には様々な効果があり、幅広い可能性がある、ということにそろそろ気づく必要があるのではないでしょうか。
和田 「書籍」ならば、表紙や帯、目次などを見れば、どのような内容が書かれているのか見当がつきますが、「ゲーム」になると、自分で体験したことがないためわからない。その結果、食わず嫌いが起きているのではないでしょうか。これは、インターネットなどと同様に、新しい表現メディアと上手に付き合うことで生活が豊かになることを考えると、とてももったいないことだと思います。
こうした背景もあり、CESAでは、「ゲーム」に対する理解を深めていただくために、小冊子「テレビゲームのちょっといいおはなし」を無料配布しており、今年で4冊目となりました。子どもたちの関心が高い「ゲーム」について、その成り立ちやしくみ、テクノロジーについて保護者の方々からお話しいただければ、親子のコミュニケーションにもなるのではないかと期待しています。
また、「ゲーム」が大人のエンターテインメントとしても成立してきたことも踏まえ、青少年の健全育成の観点から、特定非営利活動法人コンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)という第三者機関がゲームソフトの内容を予めチェックし、利用者が「ゲーム」を選ぶ際の指針としていただけるよう、「ソフト」のパッケージ上に「A(全年齢対象)」「B(12才以上対象)」などの対象の年齢区分マークを表示する年齢別レーティング制度※3を採用しています。親子のコミュニケーションの手段として活用していただきたいですね。
馬場 子どもと保護者のコミュニケーションの中で、どんな「ゲーム」とどのように付き合えばいいのか、ひとりひとりが考えていくことが理想ですね。子どもたちの生活様式の多様化が進む現代では、「ゲームは一日に何時間」と決めるのは、それほど意味がないのではないでしょうか。むしろ、これだけ産業として発展している「ゲーム」と、もっと前向きに知的につきあっていくスキルを身につける必要があります。
「ゲーム」に対する誤った見方を正して、「ゲーム」との付き合い方を積極的に探るためには、保護者や教師の意識改革が必要です。それにはまず、「ゲーム」を知ること、「ゲーム」に馴染むことから始めてみてはどうでしょうか。
和田 CESAでは、小・中・高等学校の学生を対象に、家庭用ゲーム産業についての学習講座授業を行っていますが、今年度は15都府県42校よりご参加いただきました。「ゲーム」の可能性を知り、将来の職場として「ゲーム」をとらえることができる体験活動の機会を提供できればと考えています。
馬場 今、「メディアリテラシー教育」が学校教育の中に根付こうとしていますが、同様に「ゲームリテラシー教育」も大事だと思います。「ゲーム」にはどのようなテクノロジーが使われているのか、どのような人たちが何のために「ゲーム」を作っているのか、自分たちが「ゲーム」とどういうふうに付き合っていけばいいのかなど、教師や親子が一緒になって考えていく教育です。
和田 そうですね。「ゲームリテラシー」を高めること、そしてデジタルコンテンツ産業を学問の一ジャンルとして位置づけることは文化的にも産業的にも大変重要です。
日本が「ゲーム産業大国」として多くのクリエイターを輩出し、世界の尊敬を集めているのは、いくつかの幸運な偶然が重なって生まれた状況です。今のままでは、このトップランナーとしての地位が今後も継続していくとは限りません。
馬場 その通りですね。韓国では、ゲーム産業がICT産業のトップとして位置づけられており、既にゲーム開発者のエリート教育を行うゲーム専門の高等学校が3校あります。優秀な人材を全国から集められるよう全て全寮制で、教員の半分は欧米からの外国人。英語やプログラミングなどもきっちり学びます。また、台湾でも、ゲーム産業は、アニメ・音楽・出版など8領域からなるデジタルコンテンツ産業の第一位として位置づけられ、国による振興政策がとられています。
欧米でも、マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、ケンブリッジ大学など世界の一流といわれる大学にはほとんど、「ゲーム学科」や「ゲーム教育」のプロジェクトが既に設置されています。日本の大学では、立命館大学、慶應義塾大学、早稲田大学、そして東京大学でもシリアスゲームを取り入れたゲーム教育や研究を始めていますが、諸外国に比べてまだまだ日本の大学は立ち遅れています。
和田 日本の未来を考えると、楽しむだけではなく、テクノロジーを学ぶ素材として「ゲーム」を学校教育の中に位置づけるべきだと思います。「ゲーム」は、プログラミングの基礎を学び、コンピューターで「表現」することを学ぶことができる非常に良い教材だと思います。かつて、私が「ラジオ制作」や「電子ブロック」を通じて電子工作を学んだように、「ゲーム制作」を学校教育に取り入れると良いのではないでしょうか。
馬場 そうですね。学校教育に「ゲーム制作」を取り入れることは、重要なキーポイントです。
私たちは2007年9月に東京でデジタルゲーム学会第3回国際会議※4を開催しました。学会発表では、低学年からカードゲームやボードゲームを作ってアルゴリズムを身につける、など学校教育の中で「ゲーム」を作る実践的な授業が海外の研究者や教育者から報告されました。
「ゲーム制作」は、絵の得意な子、プログラミングの得意な子、シナリオ作りの得意な子、そして全体の工程を管理する子など、様々な個性が生かされる、協調学習の場ともなります。海外では「ゲーム制作」をとおし、様々な学校教育の可能性が生まれています。
和田 平成23年度からの新学習指導要領にはプログラミング教育も取り入れられるようです。しかし、ほとんどの先生方がプログラミングをどう教えていいのか分からない、といった話を聞くと、平成23年度を前に、様々な学習指導の事例を検討していく必要があるのではないでしょうか。
プログラミング教育は、基本から始めると、単調なものになりがちです。例えば、「ゲーム」を活用して、現在のプログラムをどう変化させれば、「ゲーム」の見え方がどのように変わるのかを理解することから始めたほうが、子どもたちもずっと関心を示すのではないでしょうか。
馬場 それは問題解決型の学習となりますね。日本の「情報教育」はようやく根付きつつある段階で、その教育の中心は基本的な情報リテラシーにとどまっています。今後の課題として、問題解決型の情報教育も考えるべきかも知れません。
既に子どもたちの間では、ゲーム産業は将来仕事につきたい花形産業となっています。彼らの、将来の職業への夢を実現させるためにも、初等教育段階から系統的な学習を行い、高等教育でより専門的なカリキュラムを設定し、どこでどういう勉強をしていけば面白くて世界中のプレイヤーに遊んで貰える、優れた「ゲーム」の開発者になれるのか、彼らのニーズに応えられる学校教育が望まれます。そうなれば、学校での学習がずっと楽しくなることは間違いありません。
和田 世界中の尊敬を集めているゲームクリエイターという仕事を、そうした視点で見つめ直すと、また違ったものが見えてくるかもしれませんね。テクノロジーを飛躍的に発展させる原動力でもあり、日本経済に対する貢献度の高い産業として、学校教育の中でも「ゲーム」との付き合い方を考え直す段階にきているのではないでしょうか。
日本の家庭用ゲーム機・ゲームソフトメーカーによる国内・海外向け総出荷実績」(1996年〜2006年)
出典:「CESAゲーム白書」各年版による。
(「CESAゲーム白書」:日本の家
庭用ゲーム機・
ゲーム
ソフトメーカーの出荷データ、一般生活者のゲームへの参加状況などの調査データを収録。年1回発行)
◇ ◇
※1「ゲーム脳」 「テレビゲームが人間の脳に与える悪影響」を表現した言葉。しかし、脳科学の専門家の間からは科学的根拠のない仮説であるとの批判を受けている。
※2「シリアスゲーム」娯楽を目的した従来の「ゲーム」に対し娯楽以外の目的に利用するために開発された「ゲーム」。北米では、学習・人材育成、医療・福祉といった分野で早くから活用されている。
※3年齢別レーティング制度 ゲームソフトの表現内容により、対象年齢等を表示する制度。国内で販売される家庭用ゲームソフトの全てを対象に年齢区分マークの表示する。2002年10月から実施。審査は特定非営利活動法人コンピュータエンターテインメントレーティング機構(CERO)が行っている。
※4デジタルゲーム学会第3回国際会議 ゲーム研究者のための世界的規模の学術団体Digital Games Research Associ
ation{略称DiGRA}が主催した国際学術会議。本部は現在、フィンランド。日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)は東京に事務局を置く地域チャプターでもある。
<プロフィール>
馬場 章
日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)会長。東京大学大学院情報学環教授。専門はデジタルゲーム研究。
和田洋一
社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)会長。株式会社スクウェア・エニックス代表取締役社長
社団法人コンピュータエンターテインメント協会(Computer Entertainment Supplier's Association)
略称CESA(セサ)。家庭用ゲーム産業の発展、振興を目的とした社団法人。主な事業 家庭用ゲームに関する諸調査、および調査報告書「CESAゲーム白書」の発行、東京ゲームショウの開催、日本ゲーム大賞の開催、ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC」の開催など。
http://www.cesa.or.jp/
CESAの学校向け活動
学生・生徒向けゲーム業界学習講座
CESAでは、ゲーム業界をより良く知ってもらうことを目標に、各学校で実施される「社会科見学」や「修学旅行時の自由学習時間」の際、ゲーム業界を勉強したいと希望する学生・生徒を対象にした体験学習を実施している。内容は、ゲーム業界の産業構造・産業規模、ゲームソフトやゲーム業界で働くことについての講義ほか。ゲーム会社見学が含まれる場合もある。 今年度は42校実施(11月20日現在)
講座時間は質疑応答を含め1時間程度。対象は小学校〜高等学校の学生。但し小学生に関しては、学校の先生などの「引率者」が必要。
連絡先 社団法人コンピュータエンターテインメント協会 03・3591・9151 http://research.cesa.or.jp/taiken/index.html
「テレビゲームのちょっといいおはなし」@〜C
ゲーム機と学校教育のコラボレーション、「ゲーム脳」について、「テレビゲームとの付き合い方を考える」授業実践、「ゲーム」が開く新しい可能性、オンラインゲームのルール・マナーについて、人材育成など、「ゲーム」を取り巻く新しい切り口でのトピック集。無料配布。問い合わせは社団法人コンピュータエンターテインメント協会まで。