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先生の夏休み
「Q-Uセミナーレポート」

「今まで必死にやってきた先生ほど辞めていっちゃってるんです。自分の経験から導き出した方法に自信をもてなくなっちゃって。そういう元先生が、今何をやってるか。心のカウンセラーとかですよ。自信をもてなくなっても、子どもと関わりたいんですよね、皆さん。なんか…淋しいじゃないですか」

「違うんです。今までの経験は使えるんですよ。ただ、子どもも変わってきている。ますます学級経営は難しくなってきている。経験や知識を使う前に子ども達の実態をしっかりつかんでおいて、それに対応していく事が必要なんです。子どもの様々な状況に応じて、経験や知識を使わなくちゃいけない」

河村茂雄氏(都留文科大学)の話を聞きながら、僕は少し前、編集後記に書いた、とある教育委員会の人の言葉を思い出した。


『仕事柄、教育に関係あるセミナーって結構行くんだよ。ほら、教育手法を教えるセミナーって、たくさんあるから。そうするとね。教師やってる人と自然と会うんだけど、大きく分けて2種類なの。特効薬を求めてくる人と、全体の成分の一部分にしようと思ってる人』


 僕は、この時「個々でそれぞれ違っている子どもを相手にするのに、何時でもどこでも効く特効薬なんて期待しちゃいけないんじゃないかなあ」というニュアンスを匂わせただけで文章を閉じた。

参考 : http://www.kknews.co.jp/mailnews/backno/kksmailnews/kks0406.html#232

じゃあ勉強した事を「全体の成分の一部分」にするにはどうするの? という事には、触れなかった。僕にも、その手法の見当がつかなかったからだ。

河村氏の解説する「Q-U」を聞きながら、僕にはおぼろげながら、そのための手法に見当がついた。

特効薬を求めて勉強した事や今まで積み上げてきた経験を「全体の成分の一部分」として捉えなおして、より有効活用する。それは「勉強した事や経験を、道具として自由に使用している」状態になっているという事だ。逆に、特効薬を求めるという行動は「勉強したことや経験を絶対視しすぎて、道具に使われている」状態だと言えるかもしれない。

道具を使いこなすには「ベースとなる客観的指標」が必要になる。道具が上手く使えているのか、それとも上手く使えていないのか。現状を客観的に測ってみないことには、その違いは見極める事はできない。自分の観察による判断だけでは、自分の思い込みからは逃れにくいからだ。

「Q-U」は、その「ベースとなる客観的指標」を捉えるための、有力な手法の一つなんだろう、と僕は考えたのだった。この「Q-U」セミナーは、「2004年 学級経営セミナー Q−Uを用いた学級集団の分析と対応」と題して、(社)日本図書文化協会/(財)応用教育研究所( http://www.toshobunka.co.jp/index.html )の主催の元、8月3日に行われた。


Q-Uとは何か 〜 3万人以上のデータに基づき、クラスの状態を把握するアンケート

簡単に言ってしまえば、「Q-U(QUESTIONNAIRE-UTILITIES)」とは、子ども達の状態を客観的に把握するための調査手法の1つだ。すでに3万人以上の子どもに実施してきた実績があり、その信頼性は非常に高い。そう、河村氏は述べる。

Q-Uでは、簡単なアンケートを子ども達にやってもらい、そのアンケートを収集。アンケートの結果から、個々の子どもの状態を把握する。また、全員の結果を1枚のグラフにプロットすることで、クラスの全体像を把握することも可能になる。こうして得られた客観的データから、クラスの運営(要は学級経営)を考えようとする。

アンケートは、大きく分けると「居心地の良いクラスにするためのアンケート」と「やる気のあるクラスを作るためのアンケート」の2つがある。それぞれ、学級への満足度と、学校生活の意欲度を測るものとなっている。

このうち、メインとなっているのは(正確には、今回のセミナーで紹介されたのは)、「居心地の良いクラスにするためのアンケート」。

このアンケートは、また大きく2種類の項目に分かれている。自分がクラスの中で認められていると考えている度合いを表す「承認得点」と、自分がクラスの中で何らかの被害を他者からこうむっていると考えている度合いを表す「被侵害得点」だ。それぞれ6問ずつあって、計12問(小学校版、中学校版は20問ずつの40問)。Q-Uでは、この12問で、子ども達の置かれている状態を把握しようとする。



この説明だけでは、ずいぶんと分かり難いと思うので、以下では、具体的に質問項目を紹介してみよう。

【承認得点の質問項目】

「クラスの中に、あなたの気持ちをわかってくれる人がいると思いますか?」

「あなたのクラスには、いろいろな活動に取り組もうとする人が、たくさんいると思いますか?」


【非侵害得点の質問項目】

「あなたはクラスの人にいやなことを言われたり、からかわれたりして、つらい思いをする事がありますか」

「あなたはクラスの人たちから、ムシされているようなことがありますか」

(以上、セミナー配布資料からの引用)



といった具合だ。承認得点が高いほど、そして、非侵害得点が低いほど、クラスにおける満足度は高いと考えられる。

質問項目では主に「どう感じるか」という認知を尋ねている。氏は、実際のクラスの状況よりも、子どもがクラスの状況をどう感じているかといった事が重要だ、という立場に立つ。すなわち、教師が問題ない事態だと把握していても、子どもが問題だと感じていれば、それは子どもにとっては問題のある事態なのだ、という立場に立つという事だ。この様に、子どもの視点を取り入れながら、つまり教師の思い込みだけでないデータを使いながら、学級経営を考えていこうというのが、Q-Uの要諦だ。

これは、「Q-U」の理論的ベースの1つともなるリーダーシップ理論【PM理論】から考えても、妥当だと言える(詳しくは後述)。

いずれにせよ、この12個の質問に回答してもらうことにより、

「生徒個人の学級生活満足度の把握」
「学級集団の状態の把握」
「学級集団と個人との関係の把握」

を把握することが可能になる。



Q-Uを使って、どのように対処すればよいのか(個人編)

「生徒個人の学級生活満足度の把握」の部分にあたる。

簡単に言えば、このアンケートで満足度が落ち込んでしまっている子(承認得点が低く、非侵害得点が高い子。承認得点が低く、非侵害得点が低い子。承認得点が高く、非侵害得点が高い子)は、なんらかの問題を抱えているだろうと考える。こういう子は、現時点で問題が表面化していなくても、なんらかの個別サポートが必要なのかもしれない。

氏は、不登校の例を挙げた。「承認が成されていなかった子が不登校になる→みんなが構ってくれる→さらなる不登校」という強化ループを生み出すことがある可能性を示唆。その前に、早めの個別サポートを取る事で、承認が成されていないという状態を改善し、「不登校という選択肢」を見せない対策が大切であるとする。

このように、Q-Uは、早めに個別サポートを取っていくための判断基準として使う事ができる。



Q-Uを使って、どのように対処すればよいのか(クラス編)

「生徒個人の学級生活満足度の把握」というのは、クラスの中で問題が起こりそうな部分を把握する作業だといえるかもしれない。そして、その部分への個別の対処を考える際には、クラス全体の状態の把握も欠かせないと、氏は主張する。これが、「学級集団の状態の把握」の部分だ。

クラス全体の状態を把握するにはどうするのか。そのために使用するのが、クラス全体結果をプロットしたグラフだ。このグラフのベース図、下のような形になる。

生徒個人の学級生活満足度プロット グラフ

クラスに満足している生徒は、承認得点が高く、非侵害得点が低い。満足群(グラフ右上のエリア)にプロットされる。大きく不満をもつ生徒は、承認得点が低く、非侵害得点が高い。不満足群(グラフ左下のエリア)にプロットされる(承認得点が低く、非侵害得点が低い子。承認得点が高く、非侵害得点が高い子も満足度が低いと考えるのは、前述した通り)。

したがって、クラス全体が満足していれば、満足群にプロットされる子どもが多いし、クラス全体に不満が蔓延していれば、不満足群にプロットされる子どもが多くなる。

ここまでは、ある意味当たり前ではある。Q-Uでは、この先を見る。

氏によれば、3万人以上のデータを解析してきた結果、クラスに問題が発生して、それが加速度的にひどくなっていく過程には、ある一定のパターンが見受けられるのだという。「そういった中でも、近頃良く見られる代表的な2つのパターン」と氏が述べる、2つを紹介しておこう。


★1「クラスのリレーションが取れていないまま、ルールを厳しく守らせようとする」
★2「クラスのルールが決まっていないまま、リレーションだけを取ろうとする」

この2つだ。それぞれ、初期状態のグラフは、

[グラフ★1] 「クラスのリレーションが取れていないまま、ルールを厳しく守らせようとする」
クラスのリレーションが取れていないまま、ルールを厳しく守らせようとする グラフ

[グラフ★2] 「クラスのルールが決まっていないまま、リレーションだけを取ろうとする」
クラスのルールが決まっていないまま、リレーションだけを取ろうとする グラフ

の様になる。現在のクラスは★1、★2の状態だと子どもが(無意識にでも)感じていると、円の中に、多くの生徒がプロットされてしまうようになる。これらの兆候が現れたクラスでは、その内に問題が表面化し、クラスの大多数が不満足群(グラフ左下)にプロットされるようになってしまうのだという。

そのメカニズムは省略するが、Q-Uでは、このようにクラスが置かれている状態をグラフから読みとった上で、個々の教師が持つ知識やスキルや経験などの引き出しをもとにして、学級経営の策を練る必要があると考える。これが、「学級集団の状態の把握」が意味するところだ。

セミナーでは、その具体的な方策まで述べられたが、このレポートではここまでにしておこう。Q-Uは、その手法もさることながら、根底にある思想が大切だと思うからだ。氏へのインタビューで、その思想について聞いてみた。



状態とスキルとタイプのマッチングという思想 〜 教師個人は責めず、対策を練る

‐子どもの認知を対象にし、ルールやリレーションのバランスを重視するあたり、PM理論がベースのように思えるのですが

「そうですね、先生の指導行動という面では、PM理論が基礎になってます。認知ベースなのは、もともと私が認知臨床心理の人間だからってのもありますね」
※PM理論

リーダーシップ研究として、世界的に名高い、三隅二不二氏の研究。簡単に言うと「人の集まりが目標を持って動くとき、集まりが一番効率的で、かつ精神的に落ち着く為には(1)リーダーがメンバーに対して目標や規則をきちんと示して、(2)違反者に対する注意もきっちり行いつつ、(3)精神的なフォローも欠かさない状態だ、という理論。

ある意味、もの凄く「当たり前」の話でもある。この理論が当たり前でなかったのは、リーダー自身やリーダーの上司の把握している状態をデータとして使わず、「部下がそのリーダーや集団自体をどう捉えているか」という部下の視点からリーダーシップの研究を進めていったところ。その面では、生徒の視点を重視する「Q-U」は、PM理論の知見にのっとっている。

-12項目というのはずいぶんと少ないように思われるのですが。三隅氏がPM理論で使っていたアンケートでも、かなり絞った末に63項目ですよね。

「Q-Uのも、ずいぶんと削ったんですよね。もともと300項目くらいあったものを削りに削ったんです。それでもずいぶんと信頼性は高いものになってますよ。因子が2つになっている(承認得点と非侵害得点の2つ)でしょ。あれ、もともとは3つだったんですよ。2つに減らして、αが0.97から0.93になったかな(α=分からない人は、この数値が高いほど、調査の信頼性が高いと思ってもらえればよいです。1が最高)。でも、現場での使い勝手を優先しました。」

-使い勝手が優先?

「そりゃもう。先生が現場で使えることが重要ですからね。」

-現場で使えるとは?

「Q-Uは集めたデータを読みとるために定式化された基準であって、その先には実際の対応策を練るという作業があるんですよ。できるだけQ-Uの実施にかかる負担は少ない方がいい。Q-Uは、10分で実施できる。回収とデータプロットで40分くらいです。これだったら、忙しい先生でも現場で使えるでしょう?」

-セミナーでは、Q-Uで出てくる代表的なパターンに応じて、対応策のとり方もお話されてましたよね。

「あれは、一例であってね。やっぱり、現場の方は、ずっと先生やってて、引出しをたくさん持ってるんですよ。でも、その引出しは時と場合に応じて使わなくちゃいけない。『昔、これで効いたからこれ使おう』というのはダメなんですよね。で、「効かなかったぁ」とかいって悩んじゃったりして。それは、去年のクラスでうけたギャグを、今年のクラスでもう一度言ってすべって「受けなかったぁ」って悩むのと一緒です(笑)。クラスに居る子どもは毎年違う。同じ方法が同じように効くわけじゃないんです。さらに言えば、同じ子どもでもそうですよ。状況は変わっていくし、みんな成長していく。その状況の変化を捉えていかなくちゃいけない。そして、捉えた状況に応じた方法を使うのが大切なんです。Q-Uってのは、その為につかう判断基準の指標だと思ってもらえればいいかな」

-現状を確かめるために、あと、自分の取った手法の効果を確かめるために、ですよね?

「そう。…今、ベテランの先生が本当に自信を失っちゃっててね。それは、昔効いた手法をそのまま使おうと思っちゃったりするからなんじゃないかなって思うんですよ。でも、都市化が進んできて「教師は偉い」なんて考えかたは、廃れてきちゃってるじゃないですか。だから、昔ながらの手法は、そのままじゃ使えなかったりするんですよ。子どもも色々なところから情報を仕入れて、どんどん対応が難しくなってきている。状況を測って、対策を取り、また状況を測り、また対策を取り。そういう繰り返しをしていくしか無いんじゃないですかね」

-お話にも出た、状況とスキルのマッチングを重視するという考えですね。

「この考えかたは大切だと思います。スキルと心のパワーがないと、クラスに情熱を持って挑んでいく事はできない。だからこそ、問題が起こったとき、先生本人を責めちゃダメなんです。『指導力がたりない先生』と保護者から突き上げられたり、『僕が授業しているときには皆静かですよ』と同僚から冷たい目で見られたり。心のパワーがなくなっちゃうじゃないですか。そりゃま、もしかしたら、その先生自体、心のパワーのない先生だったのかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。勉強をしっかりしてて、経験もあって、でも、運悪くクラスの状況が、自分の経験してきた事や、自分の学級運営のタイプと離れすぎているだけかもしれないんです。そういう場合は、状況とスキル、あと先生のタイプとのマッチングが上手くいってないって事。じゃあ、そのマッチングが上手く行く方法を見つければ良いんじゃないかって考えられるでしょ? 先生個人に責任を負わせるという後ろ向きな対応策を取らなくていい」

-そのマッチングを上手く行うための手法がQ-Uだと。

「うん。あと、Q-Uの利点ってのは、全体でみられるって事なんですよね。もちろん、個々のデータを見るだけで学級経営の判断基準に使えるんだけど、既に数万というデータがある。そういった過去の事例を元にして、各種の判断ができる。定式化してあるから、可能になる方法ですね。医療と一緒。効果のある方法は、過去事例として実践的、実証的データとして、定式化されて残ってる。だから過去データとして参考にできる。それを可能にする為の方法がQ-Uだというべきか」

-過去事例を「似てる」というだけで使ってしまうのには、問題はないんでしょうか?

「もちろん、全く同じ対応は使えないね。ただ…学級経営の難しさの度合いって、都市部から同心円状に広がっていくんですよ。ちゃんとした結果にはしてないけど、都市化と大きな関係がありそうな気がします。具体的には人口密度と、人口移動と関係がある。だから、その地方で中心になる部分から同心円状に、似たような現象が広がっていく。東京であった事例は、数年後に千葉でも起きた。その内、栃木でも起こるでしょう。参考にはなると思いますよ」

-お話の中にあった「栃木の先生は、千葉の事例を見とくといいですよ」という部分ですね?

「そう。だから、人のネットワークを通じて、有効な情報をやり取りするってことが大切になってくるんです。この世界だと、良くあるからね。すごい有用な事例情報が、とある県の教育委員会にあるとするでしょ。その情報を欲しいのは、すぐ隣りの県の教育委員会だったりするの。でも、この隣りの県は、とある県に情報があることを知らない。もったいないよねえ」

-ところで、経験の足りない若い先生はどうすれば良いんですかねえ。マッチングするためのスキルや経験が少ないですよね。

「先行事例研究を読んで勉強する。これが一番じゃないかなあ。勉強をして良く考えている先生は、若くても引出しが多いし、してなければ歳を取ってても少ないですよ。今、実習をしてるでしょ(インタビューは、セミナーに参加した方が、過去事例を使って実習をしている間に行った。実習は、河村氏ではなく、自らのクラスでQ-Uを実践している教師の方を講師として行っていた)。事例への対応策を出せるか出せないか、結構はっきり分かれますから。見ておくのも良いかもしれません。ま、でもこのセミナーはお金を出して、希望者が集まるセミナーだから、大丈夫かな」



セミナー修了 〜 教育現場をさみしくないものにするために

インタビューを終えて、実習を観にいく。懸命に過去事例に取り組むたくさんの先生たちがいた。実習の終わり、まとめの振り返りで、実習の講師をしていた品田氏が

「よく河村先生がおっしゃるんですが、優しさの中にある厳しさ、厳しさの中にある優しさが大切なんですね。私は年をとって、柔らかいものをもった教師になれるかなあと思ったら、とんでもない。年を取るごとに、さらにキツイ教師になってきてしまいました(笑)。でも、それって、自分で自分を感じ取って、気をつけられれば、子ども達とのふれあいの中で直す事ができるんですよね。そういった、自分を感じ取るための手法としても、Q-Uは使えるんじゃないかと思います」

と言っている。部屋の外に出ると、河村氏が本の即売所の机の前に立っていた。

-お勧めの本はどれですか?

「そりゃ、全部お勧め。全部買って(笑)。でも…そうだな。あなたの興味範囲からいくと、教師のためのソーシャル・スキルがいいかなあ。質問されたような事の答えが、大体書いてあるんだけど…ないか、ないね」

「じゃ、これをお勧めしたいかな。教師力。これ、現場の教師の人に伝えたい、僕の考えがまとめてあるんだよね。今さあ、みんな教師になりたがらないんだよね。僕の教え子なんかも、教育実習に行くじゃない。『楽しかったー』って言って帰って来る。じゃあ、教員試験を受けるのか?って聞くと『受けません』って。なんなんだよって感じだよ(笑)」

と笑った後、間をおいて、

「みんな、教師になりたがらない。それって、なんか…淋しいよねえ」

と、小さな声で言った。(榊原)