豊かな食経験は学校と家庭が創り出す

これからの食育の在り方

 日本は豊かな時代となり、ものが溢れ、食べ物が溢れる中で子どもたちの食生活が乱れてきたと言われて久しい。そこでこれら子どもたちの食生活の現状をふまえ、「21世紀を生きる子どもたちと食」をテーマに、今後家庭や学校で行うべき食育・食のあり方に対する取り組みや具体的な対策について、学校現場から養護教諭、専門的な立場から管理栄養士、そして保護者の代表者の方に提案していただいた。

−−子どもたちの食生活の現状について日頃どのようなことをお感じになっていますか。

田中 1970年頃を境に飽食の時代といわれ、充分に食料があり、食べることを楽しむ時代になってきました。学童の栄養状態も良くなり、体格も向上し喜ばしいことですが反面、食の洋風化に伴い、カロリーや脂肪の取りすぎ、食生活の乱れによる飽食時代の栄養不良状態が心配されています。生活習慣病の発病年齢がだんだん下がり、小児期の一部に見られるようになって来たことも大きな問題です。そんな中、孤食、朝食の欠食、遅い夕食、食事と間食の垣根がなくなり、大人のおやつのような食事であったり等、個々の問題も多様化しています。また、大人も子どもも忙しい現代、食事だけでなく、生き生きした生活習慣を身に付ける時代だと言えます。

井上 子どもたちの食生活の現状をひとことで言いましても、地域差、学校差が大きいということをまず初めに申し上げます。現在勤務している谷戸小学校の子どもたちは、ほとんど100%に近い割合で3食を食べているようです。朝ごはんを食べずに気持ち悪いといって保健室にやってくる子どもは1年に1ケースあるかないかです。思っている以上に子どもたちはきちんと「食べている」というのが感想です。私がみそ汁1杯しか食べてないというと、逆に子どもたちから叱られてしまうくらいです。
 これまでに勤務した学校と比べても、子どもたちの食生活が比較的よいのはなぜなのか考えたのですが、3割近くの家庭がおじいちゃんやおばあちゃんと同居しているということが今までの学校との大きな違いです。同校は都心に程近い閑静な住宅街の一角に位置し、親や祖父母の代から同校に通っているという家庭が多いのですが、祖父母と同居している分、子どもたちの心が安定しているのかなと思います。家族がきちんと目を配り、安心した心の状態で食べているということが大きく影響しているようです。朝食の内容については、体の調子を見ながら家庭でも気を配っているようです。年配の方と一緒ということで、ごはんを中心に消化の良いものや根菜類を相当使っており、いろいろなものを万遍なく食べているようです。

嶋崎 我が家は高校2年生、中学2年生、小学4年生の子どもがおります。登校時間や塾など時間の都合上、夜も朝も順々に食事をさせている状況ですが、偏食や欠食もなくきちんと3食を摂ることができています。

田中 市町村で行っている乳幼児相談では、子どもが食べてくれないという相談をよく受けます。母親の話を伺っていると子どもの間食が多いんですね。ごはんを食べないから、母親がせめてお菓子でもいいから食べてくれるものがあればそれを与えているという現状があります。子どもは賢いですから、自分が食べたいものはちょっと我慢すれば出てくるんだということを学習してしまいます。子どもの思い通りになってしまっている現状がみえてきます。母親の間食に対する考え方は、成長に必要なものを補食として与えるというよりも、おやつを大人と同じ様な感覚で与えていることに問題があると思いますね。必ずしも手をかけたおやつをあげるというのではなく、朝食で残った卵焼きやチーズが残っていたら、それをクラッカーの上にのせてあげるなど、朝食で食べられなかったものをおやつに再生してあげるというようにして、口当りのよいだけのお菓子はなるべく家に置かないように母親へ指導しています。

嶋崎 食事をしっかり食べないからといって心配し、取りあえずおやつにスナック菓子のようなものを与えてしまう。本当はそうではなく、少し待たせ、次の食事をしっかり食べさせようといった余裕があるべきなんですよね。待ちの態勢も必要なんだと思います。お昼を食べられなかったから、夕食にきちんと食べようねと待ってあげられれば、もっと肥満児も減少していくと思います。

井上 無理に食べさせることはないと思います。必要なことはただ食べさせるのではなく、子どもに食べることの楽しさを教えていくという姿勢が必要だと思います。

田中 食事は空腹を満たすだけでなく、人とのコミュニケーションを図り、心を満足させ、身体を充実させます。家族で囲む楽しい食卓の体験が将来の支えになることもあります。今、食事の選択肢がたくさんある中で、和食が見直されています。ごはんを中心とした和食は魚・肉・豆類・野菜・海草と、色々な食品と組み合せやすく、自然と食品数も増え栄養的にも充実した献立になります。また、砂糖類を摂ったときのように急激な血糖の上下は人をいらつかせる原因にもなりますが、ごはん食は、粒状なのでゆっくり消化され、血糖がゆるやかに上がり、持続され、情緒も安定し、腹持ちがよく、体温も速やかに上げるのが特徴です。しかも、よく噛むことによって、頭も覚醒され、活動準備が整いますから、朝食に向いているといえます。ごはんの栄養は、糖質だけと思われがちですが、たんぱく質も多く含み、ごはん1杯150g、3食食べれば1日の必要量\をとることも出来ます。
 また、ごはんのでんぷんの一部は、食物繊維と同じ働きをし、有害物質を排泄してくれます。毎日食べても飽きないごはんは、日本の食文化の広がりを作り、おかずと合わせて食べる口調交味の食べ方は食べすぎを抑え、味覚を楽しむことにつながります。米は保存性も高く、そのまま食べるので添加物もない、日本の気候に合った最高の主食、21世紀の子どもたちに伝えたい食文化です。
 学校給食にも、もっと米飯給食を取り入れて欲しいものです。


−−これからの家庭や学校ではどのような食への取り組みを行うべきだと思われますか。
田中 食育においては子どもが小さい時からの母親の接し方が大切になります。2歳3歳の幼児期はお手伝いをしたい時期なんですね。興味を持った時に危ないから、邪魔だからといった接し方をするとなかなか子どもの中で食に対する感覚が育ってこないと思います。興味を持ったときがチャンスですから、一緒にタマネギや人参の皮をむいたり、卵を割ったりすることが後々の食育に繋がっていくのです。

嶋崎 子どもが手伝いをしようとした時に親にゆとりがないと「忙しいから邪魔しないで」となってしまう。母親が余裕を持っていれば「やってくれる?」と言えるんですよね。

田中 食に関わるお手伝いを小さな頃からお母さんと一緒にしていく。子どもが少しでも自分で食卓に関わったという意識が、食に対する興味を引き出してくれると思います。孤食が多い中で、家族が揃って食事をする時には、味や材料について話題にすることも大切です。

嶋崎 食育を考える時、食するものの栄養素・食物の組合せや調理方法など知識を教え育てることももちろん大切だと思いますが、それよりも食事をする時の雰囲気や環境、気持ちなどのゆとりを最も大切に考えています。余裕のない時間の中で手を掛けて栄養的にも優れたバランスのよい食事を用意して、気忙しく一人で味気ない食事をさせるくらいなら、少し手を抜いてもゆったりとゆとりのある雰囲気の中で会話のある食事をすることの方が子どもたちの成長のためには大切なのだと考えています。それが食育に繋がるならば尚良いと思います。

井上 21世紀を生きぬくためにも、健康であることは重要です。健康の三大原則は、〈運動・休養・栄養〉と言われています。子どもが元気に育つためには、どれも欠かすことの出来ないものです。この3つのバランスが崩れると健康とは言えません。
 私が一番言いたいことは「すこやかに育ってほしい」ということです。そのためには運動、休養、栄養のバランスをよくしてほしいということ、たっぷり遊んでたっぷり寝る、そしておいしく食べる。学校では、この健康の三大原則を指導しています。栄養のことをことさら強調しないでも、よいものはわかるし、伝わります。子どもたちに、体によいもの、おいしいものを体験させることが大切だと思います。家庭と学校の連携で「健康に生きる」ことを再認識し、それぞれの立場で体を動かすこと、ゆっくり休養すること、食事をおいしく食べることの大切さに取り組んでいくことが望まれます。

田中 食育の基礎は家庭にあると思いますが、学校の食の指導に頼らざるを得ない部分があります。親の言うことは聞けなくても、先生のいうことは聞ける、という場合もありますから、学校と家庭の連携が大切です。知識の習得も重要ですが、体験的、経験的に自分で身につけたことはいつまでも残ります。そういった体験できる環境作りも大切だと思います。家庭では、前にも述べましたが食に関わるお手伝い、食事前後の挨拶、食器の用意・片付け、食材を一緒に買物へ行く、一緒に作るなど、学校では毎日の給食が生きた媒体です。また、バイキング給食で自分の食べる量やお料理の組み合わせを考える体験、ランチルームでの縦学年での会食、他の人への思いやりの心が育ちます。みんなで学ぶ調理実習から、作る楽しさを味わうことも出来ます。そして、地域での伝統食、行事食等を伝えるのも私達大人の役割です。普段、栄養指導などで接している園児をみて気になることは、残飯を残すクラスと残さないクラスというのがはっきり分かれていることです。それは先生の指導にすごく左右される部分が大きくて、先生が上手に「この食品はみんなの力になるんだよ。ちゃんと食べようね」と言って食べさせてくれるクラスは残飯がほどんどありません。しかし、嫌いなものは食べなくていいという先生も中にはいます。
 ある程度はたらきかけないと、子どもたちは家庭で普段食べているものを好みますから、食べ慣れない根菜類や豆類、魚類、野菜は残飯が多くなりがちです。卒業する頃までには徐々に食べられるようにはなりますが、指導する側の姿勢に左右されることは否定できませんし、家庭においても同じことが言えます。また集団で食事をすることで、周りの友達が励まし合って食べているという状況も見られます。

嶋崎 食の知識の部分はなかなか家庭では難しいと思うので学校で指導していただき、習慣や情緒の部分は家庭で教育していくべきものだと思います。学校と家庭との役割分担ができると食育はスムーズに進むのではないでしょうか。我が家でも子どもの方から栄養について勉強してきたことを話題に出すことがありますから、それをきっかけにしてお菓子や食事について一緒に考えたりということもあります。「食育をしなければ」と難しく考えるのではなく、生活の中で自然に出てくる話題などを通して、親がやれる範囲で基本的なことを教えていければいいんだと思います。

田中 まず子どもたちに、私たちの体は食べ物からできているんだということを家庭でも学校でも教えてほしいですね。食べ物によって、骨折しやすくなったり、貧血を起こしやすくなるなど具体的に伝え、子どもたちにヒントを与え、考えさせることも大切です。子どもの時の食経験が大人になってから影響してきますので、今自分の体に何が必要なのかという選択をする力を身につけさせてあげることです。それには、毎日の食体験として、主食・主菜・副菜のそろった食事が基本となります。
 これだけ飽食の時代になってきた中で外食やコンビニ食が悪いと言ってられない時代に現実にはなってきています。愛情のこもった手作りの料理が良いのはもっともですが、この忙しい時代の中でコンビニ食やお惣菜、外食のものをうまく家庭の中で利用することで心にゆとりが生まれるということもあるかもしれませんね。これからますます食が多様化していく21世紀において、どう作り、どう選んで食べたら自分の体にとってよい食事ができるのかということに目を向けられる子どもたちを育てていければと思います。

−−ありがとうございました。

(2001年3月10日号より)