子どもの心とからだの健康

避けたい危険な重複感染

 風邪の季節となりましたが、免疫力が高いと風邪をひかないといわれます。また、癌やエイズ、アレルギーといった病気も、免疫と深い関係があるようです。では「免疫」とはどういうことなのか、病気とどのような関係にあるのか、病気のときの心得は、などについて、千葉大学大学院医学研究科教授の徳久剛史さんに伺いました。

免疫とは
Q 「免疫とはどんなことでしょうか?
A 免疫とは、疫(悪性の伝染病)を免れるという意味で、ワクチンに限らず、外敵(ウイルスや細菌)から自分の体を守るためのシステムのことです。十分な医療を受けられなかった時代に、ペストや天然痘がはやっても人類が滅びなかったのは、自分で病気を治す力が備わっていたからです。このことを医学用語で、「生体防御」といいます。生体防御の中で一番大事なものが免疫能です。

免疫能が不利に働くとき
Q 免疫とアレルギーの関係は?
A 免疫能が自分の体に対して不利に働くことを広い意味でアレルギーといいます。不利に働く形は2通りあって、免疫能が自分自身を異物とみて攻撃してしまうのが「自己免疫疾患」です。たとえばリウマチがこれにあたります。もう1つは免疫能が過剰に反応してしまう状態で、このことを狭い意味での「アレルギー」といいます。普通、アレルギー疾患と呼ばれるのはこちらです。これらは「自分が治ろうとするシステムそのものが病気」なのですから、治療が難しいのです。このような不利な働き方ではなく、免疫能が適度に反応しているのが健康体で、外敵をやっつけてくれます。

Q 癌と免疫の関係は?
A 癌は細胞が正常な動きから逸脱して増殖したもので、体の中で発生した異物であり、免疫能にとっては外から入った細菌と同じことになります。癌は体の中でいつでも発生していますが、それを免疫の力でやっつけているからこそ、ヒトは70〜80才まで生きられるのです。ところが癌は免疫能の監視の網の目をすりぬけて発生してきます。ですから、癌が発生する前に免疫能を強めることで、癌の発生を抑えられるのではないかといわれています。ただ、免疫能の監視が強すぎるとアレルギーになるので、免疫能をタイミング良く使わなければなりません。どういう薬や方法でそれができるのかということが、これからの予防医学の課題です。

Q 免疫には2種類あるそうですが?
A ヒトの体に外敵が入ると、決まった反応が起こります。まず、白血球の1種のマクロファージという細胞が「異物だ」と認識します。この細胞は、異物を食べてしまい、体を守ります。このような病気を治そうとする能力はほとんどすべての生き物に自然に備わっているため、「自然免疫」といわれます。一方、入ってきた外敵が強力で、自然免疫では押さえきれない場合には、リンパ球(白血球の1種)が登場して、その外敵に対して特異的な抗体を作って無害化し、取り除きます。このような後天的にできた免疫を「獲得免疫」といいます。

病気を記憶する
リンパ球が免疫をつくる

Q 獲得免疫のしくみはどのようになっていますか?
A 1個1個のリンパ球が作る抗体は、それぞれが反応する相手(特異性)が異なっています。すなわち、ハシカウイルスに対する抗体を作るリンパ球や、赤痢菌に対する抗体を作るリンパ球は別々です。たとえばインフルエンザにかかって治ると、そのウイルスに対する抗体を作ったリンパ球が記憶リンパ球として、体に長い間残ります。それで次に同じタイプのインフルエンザウイルスが侵入したとき、ウイルスが増える前にすぐに大量の抗体を産生して取り除くことができるのです。

Q その力を応用したのがワクチンですね?
A インフルエンザウイルスを加工してワクチンを作り、それを体に入れるとインフルエンザに軽くかかったのと同じことになり、インフルエンザに対して特異的な抗体を作る免疫ができます。その為、本物のインフルエンザウイルスが侵入しても、すでに準備されたリンパ球(記憶リンパ球)が急速に抗体を産生することによりウイルスが取り除かれます。ただ、インフルエンザのように1年しか記憶リンパ球が残らないものと、ハシカのように一生涯にわたり残るもの(終生免疫)があります。なぜ病気によってリンパ球の記憶の期間が違うのかは不明で、これからの研究課題です。

Q 実際に病気にかかったときに注意することは?
A 風邪は初期治療が大切だといわれますが、それには根拠があります。たとえばインフルエンザウイルスが侵入してマクロファージ(白血球)がそれと戦い、次にリンパ球がその抗体を作り出すまでの3〜4日間は、ウイルスが勝つか人が勝つかの境目で重要なときです。
 その頃に熱が出るのはリンパ球がウイルスと戦っているためですから、「寝ていなさい」という合図だと思ってください。静かに寝て安静にして、リンパ球が増えやすい状態にすることが一番です。激しい労働を控えるなど、ちょっと注意するだけで抗体がぐっと増えますから。また、その時に栄養をたっぷりとると、リンパ球が栄養をもらいやすくなり、体に良いのです。

Q 他に日常生活で気を付けることはありますか?
A 久々に感染(重複感染)すると、免疫能力は全部の感染に対して一度には対応できなくなります。ですから、1つ病気をしてリンパ球が戦っているときには養生しないといけないのです。
 ご老人がインフルエンザで亡くなるときは、同時に肺炎菌に感染していることが多いのです。肺炎菌は普通はその感染で死ぬような恐ろしい菌ではないのですが、リンパ球がインフルエンザで出払っているときに、そうしたおとなしい菌が入って症状を増悪させるのです。「風邪は万病のもと」といわれるのはこのためです。「このくらいの風邪なら」といって無理をして次々に重複感染すると、免疫能の弱い子どもやご老人は特に危険です。

Q 免疫について、これからの課題は何ですか?
A よく「気がたるんでいるから風邪をひくんだ。」といいます。反対に、気が張っているときは、自律神経の緊張がリンパ球の働きを良くしているので、風邪を引かないとも考えられます。自律神経の緊張により、どのような物質がリンパ球の働きを良くしているのかが解明されれば、ワクチン療法とは違った方法で病気への手立てができるでしょう。緊張するとアドレナリンがたくさんでるともいわれていますので、それがどうやって免疫能を活性化するのかも知りたいです。精神力と免疫の関係を物質レベルで解明できたらと思います。

(2001年1月13日号より)