子どもの心とからだの健康
うつ病
日本では、一般の内科を受診する人の7〜8%の人がうつ病だという報告があります。幼い子から高齢者まで、状況によってはだれでもかかりうる病気ですが、診断が難しいともいわれます。今回はその「うつ病」について、東洋英和女学院大学人間科学部教授の河野友信さんに、お話を伺いました。河野さんは、都立駒込病院心身医療科科長、東京大学心療内科非常勤講師などを経て、現在は(財)トータルストレス研究所付属健生クリニックで診療に従事されています。
● 種類・症状
−−−うつ病の症状はどのようなものですか?
「うつ」とは気分のことで、憂うつ、もの悲しい、気持ちが重く沈み込む、イライラするなどの気分がずっと続けば、うつ病の疑いがあります。また、物事に対して興味や喜びを感じられなくなり、意欲が低下してしまうのもうつ病の特徴です。それらに加えて自律神経失調のため、身体症状がでます。夜中や朝早く目覚めてしまう睡眠障害が特徴です。食欲不振もおきます。患者さんは他にもいろいろな体の異常を訴えて病院に行きます。たとえば「腰が痛い、筋肉が痛い」「頭が痛い」「舌が痛い、入れ歯が合わない」などです。
−−−うつ病の診断はなぜ難しいのでしょう?
たとえば奇妙な行動をしたり、家に閉じこもって何もしないとすると、誰でも変だと思うでしょう。けれどもうつ病の軽い場合のように、普通に振る舞っていてなんとなくおかしいという人の異常には、人は気がつきません。そういう人の多くは世間的な目を気にして精神科の受診を嫌い、体の異常を訴えて内科を受診します。うつ病の診断は、そうした患者さんを診るお医者さんの知識や経験、力量、診療にかける時間などにかかっているといえます。ところが現在の病院では、時間をかけて病気をじっくり見極める体制にないのです。さきほどお話ししたような症状が軽いうつ病ほど、他の病気の可能性もあり診断が難しいのです。
−−−うつ病には種類があるそうですが。
まず、脳の遺伝的な体質でなる「内因性うつ病」があります。この中には、そううつ病のように、そう状態(興奮状態)とうつ状態が交互に現れるものと、うつ状態だけのものがあります。青年期の発病が多いですが、更年期に発病するものもあります。内因性うつ病の発病数はあまり変わりません。
それから、置かれている状況に心が反応しておこる「反応性うつ病」、また、脳腫瘍や腎臓病など、病気により二次的におこる「身体因性うつ病」。この他にも、薬剤でうつ状態になることもあり、さまざまです。
● 治療方法
−−−うつ病は体がどのようになった状態ですか?
脳自体に異常があるわけではなく、脳のエネルギーが一時的に不足した状態です。そのために、脳内のメカニズムに一時的な狂いが生じます。もっと詳しくいいますと、外界から入ってきた情報を神経から神経へ伝達する「脳内神経伝達物質」というものがあるのですが、この働きが何らかの原因で低下するために起こると考えられています。
−−−治療はどのようにするのでしょう?
脳内神経伝達物質の働きを高める抗うつ薬を使う「薬物療法」と、患者さんの心の安静と休養をはかる「精神療法」を行います。うつ病の種類はいろいろですが、治療はこの2つです。ただ、患者さんは一人一人抱えている問題が違いますから、どのようにして具合が悪くなったのか、どうしたらいいのかなど、患者さんとじっくり向き合っていくことが求められます。そして患者さんがゆっくりと療養できる環境体制を整えることです。うつ病は、だれでもがかかりうる病気で、治療をきちんとすれば必ず回復します。ですから、早く気付いて適切な治療を受けることです。
叱咤激励は禁物
−−−周囲の人はどのように接するといいのですか?
うつ病には家族や友人の「叱咤激励」はいけません。本人は力が出ず、頑張れないのですから、「頑張れ」といわれるとそれに答えられず、自分を責めてしまいます。「私が助けてあげる」というように、支えながらの叱咤激励で効果がある人もいますが、それはうつ病ではなく、心が弱く落ち込んでいる人です。うつ病と診断された人には、「うつ状態になるような刺激をなくすように暖かく接する」のが一番です。
−−−うつ病の人は自殺願望があるとききますが。
うつ病の人はエネルギー不足ですから、軽症を含め70%の人は「死にたい」と思っています。重症の人には自殺願望がありますが、エネルギーがなければ実行には移せません。そのため初期または回復期に自殺することがあり、注意が必要です。
−−−うつ病は遺伝するのですか?
内因性うつ病は遺伝的なものがあるといわれていますが、病気を抑える遺伝子もありそれをいうときりがありません。内因性うつ病は、環境が整えば薬を服用せずに自然に回復する場合もあるのです。
● 子どものうつ病
−−−子どものうつ病は大人とは違うのですか?
小さい子は感情が未分化で、その表現も大人とは違います。子どものうつは、行動にでます。学校の成績が急に落ちる、急にいうことをきかなくなる、活発でなくなる、友人と遊ばなくなる、外出しなくなる、遅刻する、学校に行かなくなる、などです。朝は特に気分が悪いのが特徴で、早く目がさめたりします。
−−−子どものうつ病の原因は?
内因性のものは特にきっかけがなく発病します。状況に反応しておきるうつ病の原因は、親のこと、友だちのこと、先生のこと、成績のこと、クラブのことなどいろいろで、1つの原因だったり複合的な原因だったりします。うつは人間のエネルギーが下がった状態ですから、不登校や閉じこもり、摂食障害などの子どもに、うつ病がみつかることもあります。
−−−症状が現れたとき、どうしたらいいのですか?
子どもによっては食べなくなったりするので、親はうつ病とは思わずに、小児科にいきます。そこで身体の検査をし、潰瘍ができていたりすると、その治療をします。何も異常がないことも多く、親は病院を転々とすることもあります。こうしたときに、身体だけでなく、心の検査を受けてみることで、何かがわかるかもしれません。
−−−子どものうつ病治療は?
治療は投薬と、うつの状態になった原因を取り除くことです。子どものストレスをなくすことは、特にきっかけがなく発病するという内因性うつ病にも効果があります。学童は心身ともに成長発達が早く、病気のために空白期間があると後で影響がでますから、早期に発見して治療をすることが大切です。
−−−「子どものうつ病などの受け皿がない」といわれますが。
現在は医療制度などの理由により、小児科のある病院がどんどん減っています。このことは、診断の難しいうつ病などの患者さんをもつご家族には、不安だと思われます。ですから、医療機器で異常の見出せないうつ病などの病気を、時間をかけて診療してくれるお医者さんを知っておくことが大切です。
(2002年1月12日号より)
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