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子どもの心と体の健康
「自己価値感」を取り戻す
何よりも親の無条件の受容が大切
 
 近頃「人と会うのが苦手」という若者が増えているといいます。新聞では「自分のことを好きになれない」という投書をみかけます。また、子どもたちに感想を聞いたとき、「別に…」「特にない」などの返事が返ってくることもしばしば。これら一連の事柄は、いったい何を意味するのでしょう?今回は若者のこうした現象の根本にあるものについて、考えてみました。今回のテーマでお話しくださるのは、『人と接するのがつらい』(文藝春秋)の著者で教育心理学・性格心理学が専門の東京家政学院大学・根本橘夫教授です。
〈報告=藤田翠〉



 自分の素直な心に従って
 自分らしく生きる


■「自己価値感」
  とは何か

「人といるのが苦手」ということの原因にはどういうことが考えられますか?
 そうした人の多くは感受性が鋭く誠実に生きようとしている人たちで、傷つきやすい心を持っています。悪意ある言葉にはもちろんですが、相手の何気ない言葉や行動にも傷ついてしまいます。一方、さまざまな研究から、人間は母体の子宮の中で「絶対的な安心感」を形成して生まれてくると考えられています。ですから、この「傷つきやすさ」は、生後のさまざまな養育過程により、「自己価値感が弱くなっている」ということが根源にあるといえます。
「自己価値感が弱い」とはどういうことですか?
 「自己価値感」(自己肯定感、自尊感情ともいう)とは、「自分自身に価値があるという実感を持っている」ということ、言いかえれば「自分のことが好き」ということです。

 自己価値感が「強い」人にとっては、それはあまりに当たり前なことなので、普段は特に意識することはありません。ところが、人は失敗した時や否定的または軽く扱われた時に、「どうせ私は…」「私なんか…」という言い方をします。それはその人の自己価値感が脅かされている時にでてくる表現です。このように自己価値感は、それが脅かされた時に初めて実感することが多いのです。 
他の場面でそれが表れることはありますか?
 自己価値感の弱さは劣等感、無力感、自己卑下などの形で現れます。たとえば若者が「自分のやりたいことがわからない」「自分はなにが好きなのかわからない」というような時です。

 また冒頭にあるような、今の子どもたちが答えるときによく使う、「べつに…」や「どっちでもいい」、「とくにない」などの言い方にも、自己価値感の希薄さが感じられます。


■友人や恋人
  出会いも大切
自己価値感の強い人(自分のことが好き)と弱い人(自分のことが好きになれない)がいるのはなぜですか?
 人はだれでも、生まれてから自己価値感を得ようとあがきます。でも、養育環境は人さまざまであり、その影響もさまざまですが、どの人も最終的には自己価値感を獲得するのです。ただ、十分に獲得した人とそうでない人がいるだけです。

 その違いによって、心理面・行動面に差が表れます。
強い自己価値感は何によってつくられますか?
 なによりも親に受容されることによってです。子どもが存在してくれることを歓迎し、子どもの成長を急がず、ゆったりと見守ってくれる親がいることです。そのような環境で育った子どもは「存在自体に価値がある」という基本的な感覚があるので、自分の劣っている点を歪曲せずに直視でき、卑屈になったりすることがありません。

 逆に「子どもを歓迎しない親」、「条件付きの受容をする親」、「神経質・強迫的な親」、「侵入的な親」、「気分屋の親」、「馬鹿にする親」、「理解してくれない親」、「自己価値感をもてない親」などの親のもとでは、子どもは自分の無条件の存在価値を実感できなくなります。
成長する過程で自己価値感を強められますか?
 自己価値感は基本的に「受容」によって形成されますから、成長過程で自分を心から受けいれてくれる人が現れることにより、「自己価値感を取り戻す道」を歩み始めることができます。

 このように同年代の人との友情や恋愛、また年長の人からの愛情は、そうした人にとって大きな意義があります。


■あるがままの
  自分を認める
「あるがままの自分を受け入れて、それを自然に出していく」ことが大切のようですが、それは実際にはどういうことですか?
 第一に「今の自分を好きになること」です。弱さ、醜さ、欠点を持った自分であるけれども、自分という存在そのものに価値があると感じることです。なぜなら、人の生命は何億年という生命のつながりとして存在しているのであり、すべての人がその存在自体に価値があるからです。

 また、「自分を嫌わない・自己否定しない」ことです。それは即ち「自分の素直な心に従って人と接する」ということです。たとえば他の人といると、つい本心とは裏腹に演技してしまうとします。でも、それでよいのです。そのように演技してしまう自分も自分、そうでないようにしたいと思う自分も自分。どちらも自分であり、どちらでもよく、できるところでやってみる。

 無理をせず、その時々の自分の心にまかせればよいと思います。人の心はそれほど、多様なのだと認識しましょう。
「あるがままの自分を受け入れる」ために、他にどのようなヒントがありますか?
 今のつらい状態が、いつまでも続くものではないことを知っておくことも、役にたつでしょう。つまり次の事が言えます。
 1.時が経つにつれ環境にも慣れて、自分の心との間で適合性ができてくると、不安や怖れは自然になくなります。
 2.人の心には波があり、青年時代が一番つらい時期です。
 3.老人期までの発達心理学が研究されるにつれ、人の意識が「内面に向かう時期」と「外面に向かう時期」とがあることがわかりました。
 意識が内面に向かうと精神的に苦しみ(思春期から青年期・30代の危機)、やがて自我の成熟によってそれが乗り越えられ、意識が外界に向かうと、自分について苦しむことが少なくなります。

 このような繰り返しで、人は人生を送ってゆきます。そして年齢を重ねることがつらさを軽減します。


■好きなことに
  力を注ぐ

最初の話に戻りますが、人のなかにいるのが苦手な人が、人のなかで自分らしく生きるには?
 人間関係に悩んで、くよくよと考えている状態は、自転車でいえば止まってしまっている状態です。考えることで心のバランスを取り戻そうとすることには、無理があります。

 とにかく、一定のスピードで動き出すことが必要なのです。それには日々提起される課題をきちんきちんとこなしていきつつ、何よりも自分の好きなことを始めることです。

 私たちは生まれつき「健康に成長しようとする本能(内発的な成長動機)」を持っています。そして、それに従えば、人は楽しく充実感をもって健全に発達してゆくことができるのです。その時、業績としての結果ではなく、自分自身の能力の拡大を楽しむ。それが「自己実現」です。

 自己実現とは、他の人から見た人生を生きるのではなく、自分の好きな人生を、自分の好きなように生きることです。そうした生き方をしている人は、自分の人生を受け入れ、生きることを楽しんでいます。
本日はどうもありがとうございました。


【2004年6月16日号】