子どもの心と体の健康
性的ネットワークが感染源に
若者の性行動とエイズ予防教育
調査によると、高校2年生の2〜3割が性体験を持ち、その背景には携帯の普及や、家庭での会話が少ないことなどがあるようです。こうした5万件を超える若者の調査をしながら、性感染症の予防教育を推進しているのは、京都大学大学院医学研究科助教授の木原雅子さん。今回は木原さんの講演を基に、「若者の性行動の実態」と「エイズ予防教育」に分けてお伝えします。(参考2003年11月・世界エイズデーシンポジウム)
〈報告=藤田翠〉
決まった相手でも必ず感染予防(コンドーム)を
■性行動の実態
現代の若者の性状況の調査法は?
大規模なアンケート調査をして量的な割合を出し、そうなる理由を知るため更にアンケートやインタビューを繰り返し、若者の本音に迫ります。
その結果は?
次の通りです。
●[ある高校の性行動の変遷]性体験率は95年が9%、98年23%、2000年32%で、5年で3倍以上になっている。コンドーム使用率は順に7割、6割、5割で、「性体験は増えているのに感染は無防備」に。また、男子の平均体験率は26%、女子は27〜28%で、95年以降女子の割合が高くなっている。
●[ある県の「高2性体験あり」の子の相手数]は、「相手1人」は半数を切り、「4人以上」が20%近く。「4人以上」の子に聞くと、「1人の子とつきあってから性体験までが短く、つきあう期間も短いので、気がついたら4人と経験した」とのこと。このような子が今は多い。
●[高校生のつきあう相手]男子は9割、女子は7割が同じ高校の子。女子の場合、あとは社会人、大学生、フリーターといった年上。「年上」の問題点は、コンドームの使用率が低いこと。理由は「相手に頼めない」「相手は大人なので、危険だったら指導してくれるはず」と、相手まかせになっていること。こうした大人のネットワークにつながっている女子高生は、より感染しやすい。
●[コンドーム使用率]相手が1人の子は3〜4割の子が使用。相手が増えるほど使用率が減っていき、4人以上の子では数%で、ほとんど使っていない状態。これは日本のほとんどの若者に共通している。
■無防備で複数と性交渉
エイズなど性感染症はなぜ広がるのですか?
人が1対1の関係だけなら病気は流行しません。1対1を超えた網の目のような「性的ネットワーク」があるため、流行するのです。ネットワークの中でも、特に核になる人(相手の数の多い人)の行動が重要で、その人が感染予防(コンドーム使用)をしていれば流行は抑えられますが、日本ではそうなっていないため、1人が感染すると、ネットワーク中に広がってしまいます。
1人の決まった人が相手でも、危険ですか?
たとえば高校生が決まった人とつきあう時、その決まった人は性体験者で、過去に相手が3人いたとします。その3人それぞれがまた1〜2人と体験していたとすると、普通の高校生でもあっという間に性のネットワークの中に入ってしまいます。このように自分がいくら1対1の関係でも、エイズなどの感染症は過去とつながっているので、すべての人に感染のリスクがあります。
■予防教育に重要な
事前・事後の調査
どのような予防教育をしますか?
科学的な立場で予防していこうと考えます。最初に子どもの性の実態を知ることが大事です。事前にアンケート調査とインタビューをし、その学校の生徒たちの知識や意識、価値観などを知りオーダーメイドの授業を計画します。授業終了後には再び調査をし、評価することが重要です。何が効果があり何がなかったのか。予防教育にかける時間は少ないので、効果のあったことを継続するようにします。
授業で子どもたちに伝えたいことは?
子どもたちが「自分たちにも感染する可能性があるんだ!」ということを知ること。それが予防につながります。性のネットワークの存在を知ってもらうことです。
「性体験はとっても大切なもの。簡単に考えないで、いつまでもとっておいてほしい」と伝えること。これは「してはいけない」ということとは違います。中学生たちに話したら、「大切ってどういう意味?」「セックスってエッチなことじゃないの?」と聞きます。私は「そんなことはない。大人は知り合って長いことおしゃべりしたり、人間関係を作ったりしてから性体験を持つ」と答えました。子どもたちはテレビやマンガを見ても、本当とウソの区別がつかないから、生の言葉として伝えたいです。
具体的な感染予防については?
「決まった相手の時も必ずコンドームを使いましょう」と。未経験の子が多い学校では「時間をかけて人間関係をつくりましょう」と、性行為を遅らせる働きかけをします。経験している子が多い学校では、無防備な場合のリスクと共に「性体験は大切なもの」と、少しでも性行為に歯止めをかけるようにします。
■中学生への授業例
予防教育の授業はどのようにするのですか?
ある中学校の場合、「みんな今からドラマの脚本家になってください。好きな人から『親がいないから、うちに遊びにこない?』と言われました。その先の物語を作ってください」と言います。グループに分かれて作っている時の子どもたちは、キャアキャア楽しそうです。発表を聞くと、「2人でホテルに行きコンドームを忘れてコンビニに走った」というものから、「2人が最後にやっと手をつないだ」というストーリーをなかなか発表できないグループまで、さまざまでした。
お互いの話を聞きあって、どうしたらいいのか真剣に考えます。その後、感染症やエイズのビデオの話をします。
最後のまとめは?
「では、感染症にならないためにはどうしたらいいのかな?」と子どもたちに聞いて、それぞれ答えを出してもらいます。それをきれいな札にそっと書いてもらいます。
「好きな人ができるまでセックスしない」「NOと言える女になる」「軽い女にならない」など、いろいろです。私はその札に「14歳の誓い」として名前と日付を書き、「将来好きな人ができた時に見てね」と渡します。
■ポスター作りと
保健室プロジェクト
予防教育では他にどんなことを?
「ポスター作り」と「保健室プロジェクト」をします。
ポスターのモデルの男女高校生は、候補者10名(その県の生徒)から生徒たちが選び、子どもたちが言った「性病とかやばか病気は自分たちには関係なか」を受け、『本当にそう思いますか?』という言葉を大きく入れました。パンフレットには、県の高校生と性感染症の実態や相談先などを書きました。
ポスターやパンフレットは、学校の他にも、コンビニやカラオケなど生徒が行きそうな所に配りました。
「保健室プロジェクト」では、保健室に来る子に一般的な情報を伝えます。ただし、保健室に来る子は教室に行けない子なども多く、自尊感情が少ないので、先生は子どもが予防行動をとれた時など、ほめてあげてほしいと思います。
■予防教育の成果
予防教育の結果はどのようですか?
高校生に予防教育を実施したある県では、次のことがわかりました。
1パンフレットを読むだけでも、エイズ予防の知識が20%以上増えた。2予防授業をした学校は、コンドームの使用率が上がった(3か月後の調査)。
結論は、『パンフレットは知識を増やすが、行動は予防授業でしか変わらない』。
「予防教育は寝た子を起こす(性行動の活発化)」という説について、3か月後の調査で、「性行動は活発化していなかった」ことが分かりました。そこで予防教育へのためらいは取り除ける状況になったのです。
どうもありがとうございました。