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子どもの心と体の健康
エイズ
 治療の現状
若者への教育が最重要課題に
 1981年にアメリカで初めて報告されたエイズ。03年末にはエイズウイルス(HIV)感染者は世界で4000万人になると推計されました。そこで今回は昨年11月の「世界エイズデーシンポジウム」で行われた講演「エイズ・HIV治療の現状」(講演者:東京大学医科学研究所付属病院病院長・岩本愛吉さん)の内容を元に、お伝えします。
東京大学医科学研究所付属病院 岩本愛吉氏  岩本さんは「東京で診療していると、ものすごい量の患者さんの増加を感じる。もしエイズであっても、今では検査や治療を始めれば、もう一度健康な生活ができることを知ってほしい」と強調されました。
〈報告=藤田 翠〉



 最近10年で大きく進んだ研究・医療


■HIVウイルスとは

エイズはHIVウイルス(以下、HIVまたはウイルス)の感染によって起こりますが、特徴は?
 HIV粒子の表面にはgp120というタンパク質が突起のようにたくさん出ていて、その突起は、表面にCD4というタンパク質を持つTリンパ球だけに、鍵と鍵穴のようにすっぽり入り込むことができます。HIVの的は、免疫を司る「CD4Tリンパ球」(以下、Tリンパ球またはT細胞)なのです。
HIVウイルスはどのように感染するのですか?
 HIVウイルスは、突起を使ってTリンパ球に吸着し、T細胞とウイルスを融合させ、自分自身の遺伝子をその中に送り込みます。そしてTリンパ球の中で増殖したHIVウイルスは、今度は細胞構造から芽を出すように、次々に外に出ていきます(感染されたTリンパ球本体は壊れていきます)。
 HIVウイルスは、このように自分自身の遺伝子(RNA)を増殖する際、重要な酵素を3つ持っています。

 1ウイルスは自分自身の遺伝子(RNA)情報をヒトの遺伝子(DNA)の形に変える(逆転写)操作をしてT細胞にウイルス遺伝子を送り込もうとします。その働きをする「逆転写」酵素。
 2HIVウイルスの遺伝子を感染した細胞の遺伝子の中に組み込む「インテグラーゼ」酵素。
 3ウイルス自身のタンパク質を成熟させる「プロテアーゼ」酵素。
こうしたHIVの増殖を止めるのが、治療薬ですね。
 現在私たち臨床医が患者さんに使えるのは、ウイルスの遺伝子を増やすときの「逆転写酵素」の働きを阻止する薬で、他は開発中です。


■エイズという病気の本質
HIVの感染で、体内はどう変化しますか?
 Tリンパ球が壊され、「ゆっくりと」減っていきます。ウイルスにどんどん壊されても、私たちの体は1日に数10億個のTリンパ球を作れるので、一見、ゆっくり減っていくように見えます。Tリンパ球は、ヒト(動物)の免疫を司る大事な細胞であり、これが壊れていくことがエイズ(後天性免疫不全症候群)の本質です。
この10年間のエイズの見方の変化は?
 エイズは「長い潜伏期間を経て、発病の時期に免疫不全を発病するタイプの病気」と思われていました。けれども1995年以降は研究が進み、次のように変わりました。「HIVに感染すると2〜3か月は急性感染の時期でウイルスが増え、その後長い無症状の時期(平均10年)を経て、エイズとなる」。つまりエイズは病気の発病期ではなく終末期であり、これら全課程が「HIV感染症」だということです。
時期によるウイルス量の変化は?
 性感染の場合、「急性感染期」にはウイルスは粘膜から人体に入って次々とTリンパ球に感染するので、最初の2週間を過ぎると、血液中で充分計れるほどのウイルスの量になります。この時期は爆発的な勢いで増え、血液1cc(ミリリットルと同じ)あたり100万個のような非常に高いウイルス量となります。ヒトの体はこの状態に免疫反応を起こし、Tリンパ球がウイルスを急速に排除しようとします。

 ところがHIVウイルスはしたたかに体に居残り続け、「無症状の時期」には比較的ウイルスの量は低く、「終末期」に再び高くなります。ウイルスの量が増えるにつれTリンパ球は減り、Tリンパ球が血液1マイクロリットル中約200(正常値の5分の1)になると、いよいよ不足して免疫の破綻がおきます。
 その時期が「エイズ」です。


■それぞれの無症状期
無症状期は平均10年だとのことですが、ウイルスとTリンパ球の量は?
 患者の無症状期5年間の経過記録を見ると、ある患者さんのウイルス量は1日に1ミリリットル中1万から数万で、非常に安定しています。また別の患者はおそらく免疫の力がもう少し強く、ウイルス量は1日に1000以下に抑えています。

 このように、人それぞれが違うウイルス量で安定している、つまり体の免疫力がHIVウイルスをうまく処理しているのが「無症状期」です。治療する側の私たちはそのウイルス量を「患者さんのセットポイント」と呼び、指標として非常に大事にしています。
安定時のウイルス量と経過の関係は?
 ウイルス量が高い人はそのままだと割合短期間で免疫の破綻がくることがありますが、薬によってウイルスの量を下げれば、薬を飲まない状態でウイルスを抑えられる人と、ほぼ同じ経過をたどるだろうと考えられます。それが、まさに今考えられている治療です。


■HIVは根治できるか?
どのように治療は進んでいますか?
 80年代の後半に初めて1剤の抗HIV薬が出ました。90年代の前半には2剤。90年代後半には3剤以上の薬を混ぜて使えるようになり、その段階で初めて、「ほとんどの人が1〜3ケ月の間にウイルス量を検出可能な限界値まで抑えることができ、その状態を4〜5年保てる」ようになりました。今、日本では16種類の薬が承認されています(2003年末現在)。
もし、HIVの増殖を完全に止める薬があり、きちんと飲めば、HIVは根治できますか?
 そうなればウイルスはどんどん壊れ、感染したTリンパ球も半減期(半分の量になる時間)が1・5日、感染したマクロファージ(細胞)も半減期は14日なので、2週間で半分になります。たとえ壊れていくのが遅い方の細胞でも、10ケ月で100万分の1、2年で1兆分の1。これは、体の中にたとえば感染細胞が1兆個あっても、治療によりウイルスの増殖を止めることができれば、止めながら感染細胞の壊れるのを待てば「ひょっとするとHIVウイルスを2年か3年で根治できるかもしれない!」。

 そうした期待が語られた時期があって、95年〜00年頃には、非常に積極的な治療をしようという考え方がありました。


■新たな問題点
その流れはなぜ続かなかったのですか?
 抗HIV治療法の問題点がわかってきたからです。主な問題点を3つあげますと、1感染個体からHIVウイルスを根絶させることは不可能である、2抗HIV剤には副作用がある、3薬剤耐性(薬が効かなくなる)において、ウイルスは細菌よりはるかに早く薬剤耐性を持つ、などです。
ウイルスの根絶は不可能なのですか?
 抗HIV治療を中断するとウイルスはすぐ治療以前の状態に戻って増えます。なぜなら、Tリンパ球の中にごくまれに、ウイルスが核の中に感染しているのに、「まったくウイルスを作らない潜伏した状態の細胞」ができるからです。

 というのは、私たちの薬は「HIVが増えるのを止める薬」ですので、ウイルスを作らない細胞には効きません。しかも「潜伏感染した細胞」の半減期は44ケ月、つまり3年半もかかってやっと半分になる。これを計算すると、このウイルスを約10万減らすのに60年かかります。

 10万個になったときから私たちが「ウイルスを根絶するための治療」を始めると60年もかかり、一生薬を飲み続けなければなりません。
抗HIV剤の副作用とはどのようなことですか?
 コレステロール値が高くなる、糖尿病の悪化、中性脂肪の分布異常(顔や手足の脂肪が落ち、内臓の脂肪が増える)、ミトコンドリア(体のエネルギーを生む細胞)の障害のため、末梢神経や膵臓などに影響が出る、などです。
その対策は?
 私たちは薬の種類などを考え、患者さんにはできるだけ、シンプルな薬の飲み方を伝授しています。
どうもありがとうございました。

HIV感染者(患者を含む)の年齢構成

【2004年1月17日号】