教育家庭新聞・健康号
TOP健康号子どもの心とからだの健康   バックナンバー
子どもの心と体の健康
医療機関がケアする心の病とは
正しい知識で自分を守ることを大切に
−東邦大学医学部 精神神経医学講座教授 
同大学医療センター大森病院メンタルヘルスセンター長 水野雅文氏−

 「心の病」という言葉はいまや広く一般に知られるようになったが、自分の心の状態に疑問や戸惑いを持った時、どんなところに相談に行き、どんな治療を受けたらいいかをしっかりと認識している人は少ない。
 日本では症状が出始めてから専門家の治療を受けるまでの期間が平均13カ月といわれている。その間の心の重荷もさることながら、もし重大な病気が隠れていたら、放置した期間はその後の治療に深刻な影響を与えるという。この4月から東邦大学のメンタルヘルスセンター長に就任し、より広く心の病に関する啓蒙と対応を展開するという水野教授にお話を伺った。
(レポート/中 由里)


大切な事は
  知識の教育

−−「心の病」が疑われた場合、精神科か心療内科を受診すると思うのですが、その違いを教えてください。
 実は両科の間には内科と外科のような垣根はあまりないのです。日本では医師免許を持っていれば何科を標榜するかということは自由ですから、学問や研修上の背景を説明しているわけではありません。またどちらの科にかかるのがいいかということも一度医師が診察してみないことにはわかりません。一度の診察ではどういう病気かわからないことも多いですし、病名がわかったところでその後どう治療を行っていくかは患者さんの個性によって変わってきますので、慎重におつき合いする必要がありますね。

 心の病はどちらでも扱いますので、気になることがあったらまずは受診していただきたいと思います。
 

−−自分が心の病であると認めることに怖さがあってなかなか受診に踏み切れないという方もいらっしゃると思うのですが。
 それはやはり知識が不十分だからだと思います。たとえば白血病や癌なども、突然何の知識もなく病名を告げられたら不治の病なのかとショックでしょうし、恐怖を持つと思います。しかし現代ではそうした病気にもよい治療の道がありますし、病状をきちんと把握して治療に向かうことができれば恐怖も薄らぐと思うのです。心の病にしても同じことで、実態がわからないから漠然とした怖れを抱くのでしょうね。知らないものが怖いというのは人間に共通の心理です。

 そういう意味で私は広く一般の方に、心の病とはどういうものであるのか、精神障害者はどういった困難を抱えているかということをきちんと教育したほうがいいと思っています。


心の天気を
  教える


−−先生が高校生など若い世代に出張講義などを行っていらっしゃるのはそのためですか。
 病気があることを知らせるというよりは、病気になった時にわが身を守り、早くに医療機関で受診するなど行動を起こすようにするというのが獲得目標です。

 具体的には、まず「心には天気がある」ということから入ります。心にも空模様があって、変わるのは普通のことなんだ、ということです。子どもというのは、体験、つまり嬉しかったり悲しかったりしたことはわかるのですが、それが大きな感情の流れとして継続するものだということはなかなかとらえられないものです。試験の成績が悪い、誰かといさかいがあったなどで落ち込むことは誰にでもあります。しかしそれがずっとすっきりできなくて長い間継続して心を苦しくさせているとなると、普通じゃない、いい状態ではないよね、という話から入るのです。

−−生徒たちはどのように受け止めていますか。
 「誰にでもあること」ということから入るので、非常に素直に受け止めてくれていると思います。

 私がなぜ若い世代の人たちにこうした講義を行うかというと、現状では高校生までの教科書の中に「心の病」という問題が載ることがなく、知る機会が少ないからです。しかし現実にはだいぶ小さい子どもにも心の病は起こっていますし、精神障害の代表的疾患である統合失調症の好発年齢は15〜30歳と、若年齢層がその範囲内に入っています。あらかじめそうした病気があることを知っているのと知らないのとでは、必要な医療を受けられるかどうかに大きな影響を及ぼすのです。

 統合失調症では、発病して5年以内の治療の成否で後々の予後が決まるといわれています。

 ほかの心の病の場合でも身体の病気と同じで、こじらせると厄介ですから、できるだけ早く受診したほうがいいのです。



受診に対する
  啓蒙活動を


−−一番身近にいる保護者や教師などがちょっと落ち込んでいるだけだろうなどという判断をせずに、きちんと受診させたほうがいいのですね。
 周囲の大人が気をつけるのは大変望ましい環境だとは思いますが、大人でも心の病に関して深い知識を持つことはなかなか難しいと思います。現状では高校生くらいの人たちにわかってもらうほうが着実だと思うのです。

 しかしできれば、学校の特に養護の先生が勉強されて子どもたちに啓蒙していただくのが一番いいと思います。一医師の活動だけではとても手が回りませんから。現在、情報を提供する機関は教育庁、人材を確保するなどの行動を起こす機関は医師会と、別々なんですね。これがいい連携で動き出すともっと効率のいい啓蒙活動ができると思います。

 香港やシンガポールでは学校現場ではなくて行政が直接市民に問題を投げかける形で啓蒙を行っています。日本でも公共広告機構などを活用して心の病に関するキャンペーンを行うなどするといいと思います。

−−スクールカウンセラーは治療への入口にはならないのでしょうか。
 カウンセラーの方々にはもっと精神医学の知識を高めていただくことが望ましいと思います。精神医学的治療が必要な子を見逃す危険があるからです。せっかく学校に設けられた機関ですから、ぜひ治療への入口になっていただきたいと思います。

 「心の天気」は変わって当たり前ですが、「心の病」までいくともう周囲のサポートだけじゃなくて医学的なケアが必要になります。そこを見逃さないでいただきたいと思います。


【2006年4月15日号】