ここ数年、子どもの体力低下、運動不足が話題になっているようである。疲れやすく、朝礼や授業時間を耐えることができない、ちょっとしたことで骨折をする、体力テストの成績が悪い、などの話をよく聞く。小学校でも運動を奨励するためのパンフレットなどが配布されているが、それほど危機感が募っているのだろうか。本当に子ども達の体力、運動能力は低下しているのか、問題点は何か、東京大学・衞藤教授にお話を伺った。(レポート/中 由里)
■低落傾向にある
子どもの体力
−−子どもの運動能力や体力について、実態はどうなのでしょうか。
文部科学省から毎年秋に出ている「子どもの体力・運動能力調査」を見ると、ここ15年位で、確かに長期的に低落傾向にあるということがわかります。
図はボール投げの年次推移ですが、50b走、立ち幅跳びなども低下しています。体格はむしろ向上して足長になってきているので、立ち幅跳びには有利なはずですが、それ以上に筋力の発達の不十分さが影響しているということですね。
この調査は昭和39年から始めているのですが、最初の10年は毎年良くなっていました。これは東京オリンピック開催を契機に、学校教育で体育に力を入れた結果だと思います。その後50年代から60年代はあまり変化がなく、60年を過ぎたあたりから下降線を辿るようになりました。
全体に低くなっているという面もあるかもしれませんが、むしろそれよりは、集団の中に極端に低下している群が存在するということにも注目する必要があります。それらは肥満と関わりがある可能性があるとされています。
ただ、体力が低下してきていると言っても、では、どれくらいの体力があればよいかというと、その明確な基準はありません。極端なことを言えば、現代人に縄文人と同じ体力が必要なわけではありませんね。
特に子どもに限って言えば、朝礼時に倒れてしまうとか、50分間の授業中まともに座っていられないなど、基本的な生活を支える力が衰えていることが問題なのです。
■問題は体力低下、
運動不足だけではない −−原因は何なのでしょうか。
私は、体力や運動能力の発達には、幼児期からの生活習慣が大きく影響すると考えています。バイオリズムに沿った健康的な生活の積み重ねが学童期から思春期の基礎体力につながります。一日の中で、テレビやビデオを見るなど、体を動かさない状態が著しく多い、体を動かす遊びが十分でないなど、身体運動量が少ない(あるいは「体の動かし方が少ない」)生活は幼児の心身を育みません。
日本では、(社)日本小児保健協会が厚生労働省と協力して「幼児健康度調査」を10年に1回行っています。全国の満1歳から7歳未満の幼児6875名(平成12年度調査時)について、体重・身長などの身体データにとどまらず、生活習慣も調べています。過去3回、10年ごとに実施していますので、比較検討することができます。
例えば、この30年で非常に変化が大きいのが住宅事情ですが、高層住宅が増えたことと体力・運動能力低下ということの間にははっきりとした因果関係があります。
もう一つ大きく変わったのが就寝時間です。夜10時以降に寝る子どもが、10年ごとに確実に増えてきています。1歳以下の子どもでさえ、半分以上が10時前に寝ていません。就寝が遅いと当然目覚めも遅くなりますから、昼間活動する時間が減ってしまいます。
さらに、朝食を食べない子どもも増えています。また、赤ちゃんの頃からテレビ、ビデオを見たりゲームをする時間が極端に多い子どもは、表情が乏しくなります。人と接しないで動きのある光の粒を見ているわけですからそれも当然です。
今の子どもに起こっている問題は運動不足のことだけではないのです。生活や成長を支えるものには食事・運動・休養があって、このバランスが取れていないと、体だけでなく精神面にも影響を与えます。
■スポーツは効果的か?
基本は家庭−−運動不足だからスポーツをさせようということはよく聞きますが、効果的なのでしょうか。
スポーツに取り組むのはいいことだと思いますが、一定のスポーツを行っているからといってあらゆる筋肉を動かしているわけではありません。今問題になっている「運動不足」は、日常の生活を維持していくだけの動作機能や体力が低下しているということです。
日本人の毎日の生活習慣は非常に変わりました。家電の普及によって生活の中で体全体を使う動作が減りましたし、トイレ一つとってみても、洋式と和式では使う筋肉がまるで違います。些細なことですが、毎日の積み重ねが大きいのです。便利になることは確かにいいことなのですが、失っている物もありますので、それをどうやって補っていくかを考えたほうがいいですね。
学校で体育を充実させるということはいいと思うのですが、学校でできることには限界があります。各家庭で生活を見直して、子どもが育つ環境を整えることを考える時間を持っていただきたいし、我々もそうした呼びかけをどんどんしていきたいと思います。