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子どもの心と体の健康
子どもにもうつ病はある
一人ひとりの理解が必要
東京都精神医学総合研究所
児童思春期部門副参事研究員
猪子 香代さん
 大人のうつ病については、日本でも広く知られるようになってきたが、子どもにもうつ病があると聞くと、意外に思う人がいるかもしれない。これまでは、精神医学でも、子どものうつ病はあまり注目されないできた。しかし、欧米では、ここ10〜20年、子どものうつ病についての研究はめざましいものがある。東京都精神医学総合研究所の猪子香代さんは、「うつ病とは、大変な病気でも治らない病気でもない。うつ病の慢性化、難治性うつ病などということも聞かれるが、基本的に、うつ病は時期がくれば治る、治療することのできる病気」と語る。特に子どものうつ病について研究を重ねてこられた猪子さんに、その治療や研究の最前線について語ってもらった。(レポート/中 由里)


うつ病判断の
  診断基準は

−−うつ病とはどんなものなのですか?
 何か嫌なことがあった時、程度の差はあるけれども、誰でも憂うつな気分になってしまいますね。そのような気分になっても気の合う友人と話し込んだり、おいしいものを食べたりすることで忘れてしまうこともあります。そのような体験は誰にでもあることです。

 憂うつな気分になるからといってうつ病と診断するわけではありません。抑うつ気分、または、物事に興味が持てない状態が一定期間続いており、以前とは違った状態で本人が辛いと思っているか、生活に支障を来している時に、うつ病の可能性を考えます。

 アメリカ精神医学会による精神疾患の診断基準・DSM−IVでは、患者さんに表に記したような状態があるかどうかを問診して診断します。

 表を見るとわかるように、うつ病は、憂うつな感情を主体としますが、感情だけの病ではありません。悲観的に考えるようになり、行動も抑制されてしまいます。身体的にも不眠や食欲低下などの症状が現れます



小さな変化に
  敏感に

−−子どもは自分がうつ気分であるかどうか判断できるのでしょうか。

 うつ気分とは、一般的には「悲しい」「辛い」などと表現されます。しかし、子どもは、「悲しい」というより「イライラ」と感じていることが少なくありません。「すぐ怒ってしまう」「物事がすごく神経に障る」「みんなが私を苛立たせる」と表現されたりもします。周りの大人は、「子どもが怒りっぽくなった」と感じていることが多いようです。

 うつ気分だけでなく、思春期の子どもたちは、自分が価値のない人間に思えたり、家庭や学校で周囲の人とうまくいかない、と感じていることも多いようです。

−−周囲の大人はどんなことに気をつけていればいいのでしょうか。

 子どもは、うつ気分を積極的に表現しません。むしろ嫌な気分は隠してしまっているようです。学校に行けなくなるなど、大きく生活に影響を来してしまうと、周囲も気づきやすいのですが、もっと細かいこと、家族と話さなくなった、友達づきあいがうまくいかない、勉強がはかどらない、家で自分ひとりでする趣味などもできない、といったちょっとした生活の変化を引き起こしている時もあります。自分から話してくれるような場合には、「もうどうしようもない」「だれも助けてくれない」「自分は何もできない」「何も楽しくない」「私のせい」などの言葉が聞かれます。

 表れる症状は、頭痛や腹痛といった身体愁訴、イライラ感、ひきこもりといった症状が一般的です。子どもには、行動がゆっくりになったり、過眠になることは少ないかもしれません。また、注意欠陥多動症、反抗、あるいは不安などと関連していることがあります。



変わりつつ
  ある認識

−−現在捉えられている「子どものうつ病」は従来とは違うのですか?
 うつ病の認識は、古くは次のように考えられてきました。

 (1)うつ病が生じるためには十分な人格の成熟が必要であり、未熟な児童青年期にうつ病は存在しない。
 (2)児童青年期には成人期のうつ病の特徴は存在しないが、代わりに抑うつ等価症(depressiveequivalents)として他の行動上の症状(非行、学習上の問題、恐怖症など)が見られる。
 (3)児童青年期には成人期と同様のうつ病が存在するが、それに加えて、夜尿、学校恐怖症、攻撃的行動などの児童特有の症状を示す。

 現在では、児童期のうつ病は成人と同じ診断基準で操作的に診断できると考えられています。

 うつ病は、以前は、身体因性うつ病、内因性うつ病、心因性うつ病と病因から分類されましたが、現在では、操作的に症状を扱って診断し、また、性格は疾患とは別に記述されます。うつという心理的過程は、子どもには起こらないと長く考えられてきましたが、うつ病の診断についての考えが変化してきたことと時を同じくして、子どものうつ病は成人と同じ診断基準で診断できるという考え方が次第に主流となってきたのです。

 それでも、成人のうつ病と子どものうつ病が、果たして同じ病気なのだろうか、という議論はあるでしょう。子どものうつ病と成人のうつ病に違いがあるのは事実だと思いますが、違いを強調しすぎて、成人のうつ病についての知見を子どものうつ病にあてはめて考えないのは、臨床的に有用ではないと思います。

うつ病の原因

−−うつ病の原因は?ストレスからも起こるのでしょうか?
 ストレスが誘引ではない時もうつ病は起こります。また、大きなストレスを受けてもうつ病にならない人もいれば、ちょっとした小さなきっかけからうつ病になる人もいます。長期間続いている慢性のストレスがうつ病を引き起こすこともあるでしょう。子どもへの慢性のストレスは、案外見過ごされていることがあります。例えば、注意欠陥多動症の多動のあまりはっきりしないタイプの子どもや、漢字を書くことができない書字障害というタイプの学習障害の子ども、また、不安の強い気質の子どもは、適切に理解されることなく努力ばかりを期待されることがあります。このような傾向の子どもは、慢性のストレスを抱えます。子ども自身は、問題を自分の力では解決できないと考えてしまい、自信をなくしてしまいます。困った出来事にどう対処するのかということで、疲れ果ててしまいます。

 周囲は、こんな小さな問題がうつ病を引き起こしたのか、と考えてしまうかもしれません。しかし、本人は多くのストレスを自分で解決しようとしたにもかかわらず、それら多くの慢性ストレスがあったことすら理解されていないことがあるのです。

 うつ病は、喪失体験や感情の抑圧がその誘因になるだろうと心理学的には考えられてきました。進学や進級をして、それまで仲のよかった友人と離れたり、大切な家族を亡くしたり、生活にはさまざまな喪失があります。しかし、憂うつが長く続く人と、そうでない人とがいます。

 うつ病の人は自分が辛い気持ちでいることにむしろ無関心であるように思えます。辛いということをそのまま表現しようとせずに押し隠してしまうようなところがあるのです。そのような傾向が、辛いことがあった時に、周囲の人たちからひきこもり、孤独な気持ちを強くしていくように考えられます。

 今日の脳科学では、気分や不安に影響するセロトニンという脳内の神経伝達物質の機能がうつ病と関係があるとされています。このような生物学的な問題と、その人の行動や情緒の特徴がどのような関連にあるのかが注目されています。

DSM−IV
このような状態がいくつか続く時はうつ病が疑われます

  1. うつ気分が続く
    または
  2. 何も楽しくない
     このどちらかがあれば以下の状態について考えてみてください。
  3. 体重が急に減った、または体重が急に増えた
  4. 眠れない、または眠りすぎる
  5. じっとしていられない、または動くことができない
  6. 疲れやすい
  7. 自分をダメな子だと思う
  8. 集中力がない
  9. 死ぬことを考えている

【2005年7月16日号】