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薬剤師 栄養療法家 元駒沢女子短期大学・日本大学講師 現米国AHCN大学大学院生 近藤伊津子さん |
成長段階にある子どもたちの毎日は規則正しい生活習慣に支えられている。特に食生活は健康な体をつくり維持する大事なファクターである。だが、食は心にも影響するということをご存知だろうか?いつもイライラしがち、なぜかやる気が起きない、少しのことにも攻撃的になる、こういった状態の子どもたちは食生活を見直す必要があるかもしれない。今回は、食に注目してさまざまな子ども達のトラブルを解決してきた、薬剤師でもあり栄養療法家でもある近藤伊津子さんの話を紹介する。
■症状発生の
根本原因は?
−−近藤さんが修められた栄養学というのはどのようなものですか?
私は薬剤師として長年西洋医学の視点で仕事をしてきました。薬で病気を治すということは、西洋医学に基づく対症療法です。痛かったら痛み止め、高血圧なら降圧剤、と、表れた症状を止める療法なのです。
ところが、ある日出会った「分子整合栄養医学に基づく栄養療法」は、「症状が発生した根本の原因を探る」学問で、私は非常に新鮮なものを感じました。
分子整合栄養医学は、日本ではまだあまり認知されていませんが、ノーベル賞を二度受賞したアメリカのライナス・ポーリング博士が1963年に発表したものです。人間の生体にはもともとホメオスタシスと呼ぶ恒常性が備わっており、血圧、脈拍、心拍数、血液成分などを一定に保とうとする力があるというのがこの栄養学の根本にある考え方です。しかし、現代人の生活では、ストレスや食生活の乱れによって、この恒常性に乱れやひずみが生じることが多々あります。この乱れやひずみを必要な栄養素で整えることで心と体のバランスをとる方法を分子整合栄養療法といいます。今日、精神医学では栄養の面からのアプローチがほとんどといっていいほど行われていないのが現状ですが、精神も脳が司っているのですから、脳機能が正しく働いていなければ精神もうまく働かなくなるのです。
−−こちらの薬局には薬を求める人だけでなく、そうした栄養相談に来られる方も多いようですね。
はい。特に宣伝したわけではないのですが、口コミというのでしょうか、食生活改善をおすすめして体調を立て直された方の体験などをお話しているうちに、今では地方からいらっしゃる方も増えてきています。相談に来られたら、まずは過去1週間分の朝、昼、晩三食のメニューを書いてもらいます。多くの方がここでご自分の食生活の乱れに気づかれます。体調を崩されている方はだいたい外食やジャンクフードを摂っている割合が多いものです。
また、この献立表には間食もすべて書いてもらいますが、特にお子さんの場合は、糖分の摂り過ぎが目につきます。
■摂り過ぎが
及ぼす影響
−−糖分はよくないのですか?
一部の人は過剰なほどの糖分を摂取しています。缶ジュースには平均してどのくらいの砂糖が入っているかご存知ですか? 約30gです。缶ジュースを日に何本も飲んだらあっという間に必要量を超えてしまいます。しかも、それだけではなくて、外で買う菓子パンや惣菜、お弁当には家庭で作るよりも多くの砂糖が使われている場合が多いのです。もちろん塩分や油分の摂り過ぎも気をつけるべきですが、私は特に糖分の摂り過ぎが問題だと思います。
−−どんなメカニズムで影響が出るのですか?
人が食べた食物はまず口中から胃へと送られ、それぞれの通過機関で消化され、さまざまに変化します。そして十二指腸を通る時に、肝臓から胆汁、膵臓から膵液などの消化液が降り注がれ分解されて、小腸に至って吸収されるわけです。この膵臓から膵液を流し出す時に、一方ではインスリン、グルカゴンなどのホルモンを血液のほうへ送り出します。インスリンは血液中の糖の値(血糖)を下げ、グルカゴンは逆に上げる働きをしてバランスをとっています。
空腹時の血糖値は70〜1105010/5016、食後三十分〜一時間で血糖値は最高値の80〜1405010/5016になり、3〜4時間で空腹時の値に戻ります。しかし、最低値は空腹時の80%以下にならないし、最高値は1605010/5016以上にならない。そのように膵臓と視床下部で調整されています。
ところが膵臓が疲弊してその調整に失調を来たし、血糖値が急に降下したり低いままになることがあります。これが今問題としている「低血糖症」です。
たとえば玄米のように十分に咀嚼しなければならない食物は、体内でもゆっくり消化吸収されるため、消化酵素やインスリンなどの分泌もゆっくりで、膵臓が働きすぎて疲れるということもありません。しかし、多量の糖分を長い間常食としていると、それらの早すぎる吸収のため、膵臓が大働きをしなくてはならず、疲れてしまうのです。
低血糖症になるとよく表れる症状に、不安、不眠、物忘れ、考えがまとまらない、疲れやすい、音や光に過敏に反応する、落ち込み、暴力的になる、などがあります。大人でもコントロールしにくいこれらの症状を子どもが抱えてしまったら、これは深刻です。
また、血糖値が急降下すると、副腎から急激にアドレナリンというホルモンが分泌されます。このアドレナリンが体内で酸化されてできるアドレノクロムという物質は、幻聴、幻覚の原因となりますので、精神の安定を甚だしく欠くことになってしまうわけです。
この薬局にはさまざまな子どもたちが訪れてきましたが、中にはまっすぐに座っていられないほど体も心も疲弊してしまっているお子さんもいました。その子が栄養療法を試して、やがて回復した時は本当に嬉しく思ったものです。
■栄養素を大切
に調理する
−−栄養療法では食生活を具体的にどのように変えるのですか?
化学的な添加物が含まれている食物は避け、できるだけ栄養素を生かした食物を摂ることです。
食物のほとんどは加工すると栄養素が壊れます。ただ、糠味噌や鰹節、大豆加工製品など、日本古来の加工の知恵で逆に栄養価を高めたものもたくさんあります。それらのものを活用しながら、旬のものはできるだけ手を加えずに、素材の味を生かして調理することをおすすめします。
ただ、現代は農薬などの使用や土壌の貧困化で、食物が持つ栄養そのものが減少しているので、なかなか食事だけでは必要な栄養は摂れません。足りない分は栄養補助食品で補う必要もあるでしょう。ただし、その摂取量には注意が必要ですので、専門家の指導を受けるべきです。
■家庭の食の力
を取り戻そう
たくさんのご家庭の食生活を拝見していると、日本人の食生活は昔に比べて崩壊の一途を辿っているといっても過言ではないと思います。
学校給食が充実している地域では、一日一食でも栄養のバランスが取れているのですが、それすら「母親の愛情のこもった手作りのお弁当のほうがいい」と廃止しようとしているところもあります。もちろんそれは理想的なことなのですが、現実には、学校給食に見合うほどの献立を立てられない家庭もあるのです。
家庭の食の崩壊、親が知らない間に簡単に間食ができる環境、食物そのものの貧困化、子どもの食生活は視野を広く、長期的なものさしで見ていかないといけません。
私としてはまずはご家庭の食の力を取り戻してほしいと強く訴えるばかりです。
【2005年5月21日号】