日本の発育研究は、学校保健統計調査報告書にみるように、日本における子どもの体格がどのような変遷をたどってきたか、肥満や痩せがいつ頃に問題化したかなど、世界的にも例を見ない貴重な発育統計資料。だが、そのような大勢の平均値とは別に、子ども個人の身体計測値は、体の健康状態ばかりでなく、心の問題の早期発見にも役立たせることができる。
小林正子先生はそうした発育の研究について、今年2月、東京・メルパルクホールで行われた全国養護教諭連絡協議会主催のシンポジウムで話をされ、身体計測値が標準曲線上に簡単にプロットでき、同時に体重差のグラフも描けるソフトについて紹介された。
■まずリズムを
把握して
身長・体重などを1日、1週間、季節の単位で細かく測定すると、発育・発達には規則的なリズムがあるということがわかる。そのリズムを理解した上で、異常な変動と見分けられるようになれば、身体測定での計測値が心身の健康管理のためにより活用することができるようになる。
〈日内変動〉 日内変動でみると、例えば、身長を寝起きに測った値は発達期の子どもで1・3%ほどの差が生じているという。150センチの子どもで起床直後には約2センチ高く、それから1時間後に約1センチ、さらに徐々に縮み続け、5〜6時間かけて安定した値となる。だから、児童生徒の場合、1時間目と4時間目に測った場合では、1センチの差が出てしまう。しかし、大勢の身長を一斉に測ることは不可能なので、こうした現象を考慮した上で測定値を評価する必要がある。
〈週内変動〉 子どもが幼稚園や保育園に通うようになると身長・体重も1週間の生活リズムに影響を受けるようになる。その結果、週末と週の半ばに身長・体重とも増加するリズムが観察されるようになる。特に週末は、学校完全週五日制施行後とその前でズレがあり、施行後は金曜日に、施行前は土曜日に増加する傾向があった。
〈季節変動〉 四季のはっきりした日本では、季節の変化は発育に大きな影響を及ぼしている。
身長は春から秋にかけて増加する割合が高く、特に夏に伸びる子どもが多い。体重は秋から冬に増加、夏は増加しにくいというのが一般的。発育にみられる季節変動は、気温や湿度、日照時間など自然条件に左右されるリズムで、そうした自然なリズムが乱されると、発育に弊害が出る。例えば、通常、体重が増加しにくい夏に体重が増加するようになると、肥満になる危険性が高いというデータがある。
■内面や生活にも
グラフ上に
〈「いじめ」が発見された女子の身長・体重と体重差〉 中高一貫校での1学年全員の身長・体重を3カ月ごとに測定、グラフ化するうちに、身長がまったく伸びず、体重は大きく変動していた女子生徒に気づく。原因を探ると、女子生徒はいじめを受けていた。
しかし、こうした異常に気づいたのは、測定開始から4年も過ぎていた。そこで、異常を早期発見するための方法を検討した結果、体重差を取ってグラフに表すことが最も簡単で優れた方法だという結論に達した。
〈大震災の影響〉 体重差のグラフ化から異常の早期発見に有効と判明したことにより、その方法を用いて阪神・淡路大震災の1年後から被害を受けた地区の小学生の体重を解析すると、ある子ども達に共通した特徴として、結果が得られた。
このように、震災を境に体重の変動パターンが変化し、震災後に激しい増減が見られた子どもは、震災で肉親を負傷または亡くしたり、自宅の崩壊など日頃から担任や養護教諭の心配していた子ども達だった。さらに計測を続けても体重差の激しい変動に変わりはなく、見た目には元気そうな子どもでも心身の健康は回復しきっていない、いわゆるPTSDの状態は思ったよりも長く継続することがこの研究でも把握できた。
〈体重の季節変動と肥満の関連〉 近年、夏に体重が増加する季節変動を持つ子どもが存在している。高度肥満小学生の季節変動成分分析では、まさに夏休みの7月から9月にかけ体重増加、これら児童の夏休みの過ごし方を調査したところ、外遊びせず、エアコンの効いた快適な室内で間食をしながら勉強やゲームばかりの生活を送っていた。
■ソフトを開発
無料で送付
これらのように身長や体重の測定値は、体の状態ばかりでなく、心の状態、また、夏の体重増加や深夜のアルバイトを始めても不規則な波動が現れるなど生活そのものも反映される。いま、養護教諭は、子ども達の身体測定を行い、計測値を保管している。しかし、保管するだけでなく、計測値を活用していけば、子ども達一人ひとりの健康に役立たせることができる。そのためには、一人ひとりについて、1発育基準曲線上に測定値をプロットする2体重差をとってグラフ化する−ことを行っていく。
しかし、身体測定値を発育基準曲線上にプロット、体重差のグラフ化は手間を要する。そこで、小林先生はそれが簡単にできるエクセルのソフトを開発。養護教諭に向けて無料で送付している。
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