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【シンポジスト】
立川夏夫氏 国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター
長谷川博史氏 JaNP+代表
矢永由里子氏 元九州医療センター感染対策室カウンセラー
粕谷浩子さん TOKYOエイズ・ピア・エデュケーター
コーディネーター:前田秀雄氏 東京都福祉保健局健康安全室参事
立川氏は、医師としてHIV/AIDS感染者に直接携わっている医療現場から治療と予防の現状を報告した。
抗HIV薬は87年に開発され、現在では複数の薬の組み合わせで、エイズ発症は完全に抑えられる(ただし、一生、規則的に飲み続けなければならない)。
だが、日本ではHIV感染者、エイズ患者の推移は上昇中で、献血10万件あたりのHIV陽性者数は88年約0・1人から02年では1・42人、本年度はすでに1・78人。日本とサハラ以南アフリカを比較した場合、日本が有利な点はなにかとなると、経済の豊かさが上げられるが、日本の実社会においてみると、そうでない人の数は子ども・若者を含め、そうそう多くはない。性に関する社会倫理の点では、文化・文明に差はあれ数万年前から多分はないとみている。ということは、日本がサハラ以南アフリカより有利な点はなく、今のままでは、日本での感染拡大は防げない。
HIVウイルスに有効なワクチンが成功しない限り、人類は常にHIVと共存していかなければならない現状は全世界、日本も同じ。だからこそ対策として、予防と検査がより重要となる。
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インフォームド・コンセントは「説明を受けたうえの同意」だが、「治療の目的」「治療の方法」「治療による予想される効果」「治療による副作用」によって成立する。ということは、ある事象の「負の側面」の存在の明確化とそれに基づく決定が要求される。すなわちHIVなどの性感染症では、性とそれに関連する「性病」の存在の明確化とそれに基づく決定ということで、性と「性病」に関して冷静に語れる社会になることが必要ということになり、その社会の責任として正しい情報を伝えていくことが性教育と「性病教育」につながるのだが、今の社会はその責任を十分に果たしていない。社会責任の不履行は、性教育と「性病教育」の不足を招き、不必要な不運を呼んでいる。
人類は常にHIVと共存する。立川氏は、「寛容」=自分にとって異質と判断されるもの・ことに対する寛容、が大事という。今後の抱負としては、性病を切り口に感染予防を呼びかけていきたい、と述べた。
■HIV陽性者から
見た東京のAIDS
HIV感染者の支援団体JaNP+代表・長谷川氏は、HIV陽性者として治療・予防の現場で感じる現状を報告した。
HIV治療のために毎月通っている病院でも、実感として通院患者の増加がうかがえる。それはたしかに感染者の増加もあるが、感染者自身がHIV/AIDSに関するアウトラインを掴む困難さは否めず、必然的に経験豊富な特定の病院へ患者が集中するということになる。すると、医療スタッフの疲弊につながり、医療サービスの質の低下が懸念される。
実際にも診療時間の短縮(患者の遠慮)、90日処方の弊害から健康維持・通院のモチベーションの低下や患者の不安増、患者支援スタッフの負担増が起こっている。
予防でいえることは、「社会的理解の欠如」「技術・能力の不足」「事業予算の不足」「財源・人的資源の不足」から社会への予防介入が失敗した結果、意味するところは、患者・感染者の増加という「いま」につながっている。
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NGOには客観性が必要。経験豊かなNGO/NPOが日常ベースの支援やコミュニティーベースの予防のキーポイントになる。だが、医療・行政・保健など各分野との連携協働の強化、人材育成、資金確保など困難に直面しているのが実情となっている。
社会・福祉の面では、HIV/AIDSに対する偏見が治療へのアクセスを遅らせ、感染を広げる。ゲイであることやHIV感染の現実が知られることへの恐れから、検査を避ける、治療即予防とはわかっていながら安心して生活できない状況では受検など保健行動を起こすモチベーションは生まれないなど、それは、未検査発症例によるエイズ患者の増加に表れている。
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長谷川氏は13年前に自身の感染を知った。当時は自らHIV/AIDSに対して誤解と偏見に基づいた覚悟で凝り固まり、10カ月間悩んだ。いまは治療があることが救いだという。また、長谷川氏は「危険を知らない人は危険を察知できない」と、現実的な保健教育の必要性を説く。恐怖による予防メッセージの無意味さ、そして、予防行動を維持していくことの難しさも。
■もっと知ろう
HIVのこと
矢永氏はカウンセラーとして、多くのHIV感染者のカウンセリングに携わる。そこから見えてきた報告から。
〈ある20代男性の事例〉
男性は同性愛者、数度の保健所での抗体検査受検をしたが、その度に陰性、それまでの自らの行動を変えようとはしなかった。陽性と判明した時も軽い気持ちで受検、結果を聞いて呆然となる。その後、保健所職員と来院、面接となる。男性はショック状態で、同居の親への対応に苦慮。
一晩、外で泣き明かす。その後、自分の動揺、不安、怒り、やるせなさを出す場として、今の自分の反応の確認、今後の見通しを得る場として他者(第三者)を求めた。
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矢永氏は予防として、それぞれの声を紹介した。
〈20代前半の感染者〉
「普通に生活していたのにどうして感染したのだろう」「周りに感染者はいた。でも自分は大丈夫だと思っていた」
〈高校の養護教諭〉
生徒から中学校の同級生がHIVに感染したと打ち明けられ、応えに窮して相談に来たときの声。「私たちはいつ感染者が出てもおかしくないとおもっています。そのときはよろしくお願いします」
〈中学生の声〉
8月に自分がHIVになっているか心配で検査に行って、1週間不安で、HIVの人はもっと怖くて不安なのだろうな。
〈高校生の声〉
エイズの話を聞き、自分の無関心さ、知識不足にショックを受けた。
〈大学生の声〉
中学時代、話題になって興味を持ったが、いつの間にか忘れた。継続的な教育が必要と思った。
矢永氏は前述の養護教諭に対し、「そのときはよろしく」ではなく、その前に大切なことがあると説く。
矢永氏がカウンセラーとして関わったなかで、HIV/AIDSの治療は変化し、エイズの発症は抑えられるようになったが、エイズに対するスティグマや偏見、また、自分は大丈夫という意識からくる無関心は変わらなかったという。「何も知らないことは恐ろしいこと」と、教育の重要性、また、社会に対しては迅速検査の後の受け皿づくりを期待する。今後は、予防を考えられるプロジェクトに貢献したいと語った。
■ピア・エデュケーター
として
粕谷さんは4年前、東京都エイズ・ピア・エデュケーターの2期生として学生のときに応募した。今年から社会人になっても活動を続けている。
ほぼ満員の会場に向かって、まず、「この中でピア・エデュケーションを知っている方は?」と、声をかけると、数人の手が挙がった。すると、「この場にいる方はエイズに関心がある方でしょうからエデュケーションの概要だけ説明します」と、続ける。
「私たちはピア・エデュケーターとして、大学生から中学生まで、年齢の近さから親しみのある存在として、エイズに関する知識を伝えていくのが役割です。照れたり俯いたりする子も進めていくうちに関心を持って学習してもらえるようプログラムをつくっています。
プログラムは、ピアの紹介からエイズの現状を説明する「導入」「エイズの基礎知識」「性の意思決定」など7つの項目を6〜8名のピアとピアをサポートする2〜3名のスーパーバイザーがすすめていきます。通常はピアが2名ずつ前に出て図や表を使って掛け合いをし、脇にいるその他のピアがオーディエンスと呼んでいる授業の受けての代弁をしたり、考察を導いていきます。
ピアになるには東京都の場合、年に1度、秋に募集があるので、それに応募します。そして事前の説明会、研修を受け、登録すると、学校などから依頼があった場合、時間が合えば活動に参加します」
自分から正しい知識を得、それを伝えていくことの大切さを粕谷さんは感じている。ただ、社会人となってから意識が薄れる自分も認めている。その上で、自分から発信していくこと、学生のときの気持ちを忘れずにいることを今後の抱負にあげた。
【2004年12月11日号】