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子どもの心と体の健康
今どきの子ども事情
“評価”を超えたまなざしで
日本子どもソーシャルワーク協会 寺出壽美子さん
 
 「もし、あのとき、手をさしのべることができていたら」。子どもが被害者や加害者となる事件が報道されるたび、そう感じていたという東京・世田谷区の寺出壽美子さん。寺出さんは2000年に「日本子どもソーシャルワーク協会」(現在は特定非営利活動法人)を設立、その思いを実現しました。子どもに寄り添い、支える社会を作るため、養育困難な家庭への育児・家事援助等の活動をしています。今回はその寺出壽美子さんに、最近の子ども事情を伺いました。
〈報告・藤田翠〉
 日本子どもソーシャルワーク協会
     寺出壽美子さん



 社会・家庭のストレスを
 内包する子どもたち


■家庭支援から
  見えるもの


 −−ケアワーカー(世話をする人)の派遣先の家庭の状況は?
 例えば母子家庭で、夜も母親が働き、小さな子が親の帰りを待っていたり、母親が精神疾患で病気療養中だったり、父親がアルコール依存症で、母は父から暴力を受け、子は虐待を受けているなどです。そういう家庭の育児・家事援助をすることで、少しでも家族が安心して生活できるようにします。

 −−そうした家庭は公的な機関が援助するのでは?
 児童相談所は、たとえば食事を与えられていない、暴力をふるわれているなど、緊迫した「通告」がなければ、なかなか家庭に入りません。そして通告により児童相談所が入る時は、親子を分離しなければならず、子は施設へということもあり、そうなる前に生活を支援し、状況を改善したいというのが私たちの願いです。実際、親子関係などは日常生活の積み重ねですから、生活の場に入らなければ見えないことはたくさんあり、支援が求められていると実感します。また、支援により、破綻しかかっていた家族関係の再編が試みられるようになりました。

 −−家事支援や電話・面接相談などの活動をされていて、今の子に感じることは?
 本来なら親が子を気遣い、子は天真爛漫のはずですが、今は子どもが親を気遣います。たとえばケアワーカーが家庭を訪問する時、なついているワーカーに子どもが突然噛みついたり、殴る蹴るの暴力をふるうことがあります。こういう子は親に虐待されていることが多く、子ども自身に怒りが溜まっています。でも親には何もいわず、「ここで言ったらおしまい」と気遣い、そっと涙を流しています。

 −−そうした子にはどのように接するのですか?
 ケアワーカーはこうした親子の緩衝剤となるよう、親子それぞれを受けとめるようにしています。特に子どもとの関わり方は上下関係ではなく、対等です。子どもの暴力を「いけない」と捉えるのではなく、家族や友人との関係で追いつめられて発信した言動だと捉え、子どもを責めることはしません。それから、たとえば思春期にリストカット(自傷行為)をする子がいますが、乳幼児期からの生育の影響で自殺願望が生まれるので、自己研鑽を積んだワーカーなら、幼児期のそうした子どもたちに適切な対応ができるわけです。


■小さな心に
  募るストレス
 −−最近ショックを受けたのは、佐世保の女子殺人事件ですが、子どもは変わったのでしょうか
仲がいい子をナイフで切ってしまった・・あの事件で思ったのは、「加害者の子の気持ちをわかる子が、今の世の中にはたくさんいるだろうな」ということです。今の子は、先生に、親に、友だちに対して、頭にくることがたくさんあります。それでも「それはおかしいよ」と言えずに溜め込み、とうとう限界にきた時に事件をおこし、「えっ!あの子が?」となるんです。

 −−子どもはなぜイライラしているのですか?
 1つには、子をとりまく社会の変化があるでしょう。昔はほうきやたらいを使い、薪で風呂をわかし、親子関係もゆったりしていました。でも今は生活ペースが速まり、ゆったりできずにストレスが溜まります。それと対照的に少数民族は、今でも自然風土に合わせて人間的に生きている。ですから、文明が進むと行きつくところ、今の世の中のように動物としての温かい部分を捨てないと生きていけないのかもしれません。

 それからもう1つ考えられるのは、未成熟な大人が多く、子どもが虐待の被害者になっていることがあります。加えて、昔と違い地域社会が失われているので、子どもの話し相手になってくれる近所のおじさん、おばさんなどがいないことも、ほっと息を抜く場所がない状況をつくっています。


■競争の中で
  育った親たち
 −−子どもにとって、最も大切なものは何ですか
今考えていることは、「生まれてきた子どもが、他の人に対して温かい大人になってゆくにはどうしたらよいのか?」ということです。誰でも人は、「愛される」という積み重ねが生きる礎(いしずえ)になると思いますが、今の子どもにはそれが欠けている。親は一番大事なことを忘れています。

 −−でも、親は子どもが可愛いのでは?
 自覚せずにでしょうが、「条件付き」で可愛がっていると思います。赤ちゃんが2〜3歳になると、おむつがいつ取れるか、言葉はまだか。学校へ入れば縄跳びはできるか、鉄棒は。そして、漢字が書けるか、計算は、と「できる」ことが大切になってゆきます。何かができないと「ここがダメ」「そこがダメ」といわれる。人は存在そのもの(そこに「ある」こと)が大切なのに。

 −−でも、子どもが生まれた時、親は「五体満足で嬉しい」と喜びます。それから時を経て、親は欲張りになるのでしょうか?
 いいえ、誕生時から親は子を評価していると思います。ただ、赤ちゃんの時は「何もできなくともいい」という評価なのだと思います。ですから、もし我が子が「五体不満足」であったら、そのときに親の真価が問われるでしょう。「それでもあなたが大切」といえるかどうか。

 −−親はなぜ他の子と比べたがるのでしょう?
 今の大人自身もそのように育っているからです。たとえば子どもが、「おかあさん、僕90点とったよ」と帰ってくると、次に親が聞くのは、「平均点何点だったの?」です。そして平均点が90点に近ければ、「なあんだ、それじゃあ、普通じゃない」と。

 −−それは思い当たりますね。
 いつも子どもを他の子と比べていて、良ければ褒め、悪ければ叱る。その子の存在そのものを認めてはいません。頭では「競争に否定的」と思っている親でも、いざ我が子が不登校になったり、引きこもってしまったらどうでしょう。いつもと同じスタンスでいられますか?そのくらい、今の大人も競争させる・させられることに慣れています。


■子どもにも
  生き方がある
 −−他に、親へのアドバイスはありますか?
 「子ども自身を尊重してほしい」ということです。
 たとえば佐世保の女子殺人事件で、加害者の女の子は、大好きだったバスケット部を母親にやめさせられています。12歳の子にしたらバスケットをすることは大きな問題で、やめさせるということは、その子の人生を奪ってしまうことです。その逆で親は、「自分ができなかったから」と子に託すように、趣味や勉強を強制しがちです。子どもは親の気持ちを敏感に感じ取り、気遣ってその通りにするのです。大人は子どもを未熟だと思っていますが、5〜6年生ともなれば深く考えていて、今までの経験からも、子の選択にまかせた方がうまくいっています。ただ大人は、「こういうこともある」と、子どもが知らない情報は伝えた方がいいでしょう。

 −−本日はどうもありがとうございました。


【2004年9月11日号】