医療の現場から子どもの心を考える
6.定時制・高校生
ひきこもりの事例[最終回]
岡田謙医師(関東中央病院 精神神経科部長)
はじめに
事例は公立高等学校定時制2年に在籍する19歳の男子(以下Cl・と略)。地元の公立中学校に入学した直後より、とくに誘因なく不登校となり断続的登校をしていたが、中学2年生からは全く登校せず自室にひきこもり、部屋から一歩も出なくなった。困り果てた母親(以下Mo・と略)が担任に相談し、いろいろな登校刺激をCl・に試みたが効果なく、Mo・のみが教育相談室に通いカウンセリングを受けていた。しかし、中学校卒業を機にカウンセリングも中断してしまい、インターネットで調べた私設の教育相談所にMo・が通い始め、そこからの紹介で筆者の外来をMo・が初診した。
父親は悪性の身体疾患のため入退院を繰り返していて、Mo・が家計を支えていた。当初2週に一度のMo・の個別面接を行ない、その1年後よりCl・が通院するようになり、現在は、月一回Cl・のみ通院している。
経過の概要
Mo・は、2年以上部屋から出ることのないCl・のひきこもり状態を何とかしようと必死になって焦っていた。家から外に出す手段はないものか、何故何もしないのか、何もできない自分がくやしい、なさけない、夫に対して申し訳ない、を繰り返していた。Cl・の生活内容を聞くと、ひきこもり以外の状態は、睡眠もとれ、食事もし、入浴もしていることがわかった。そこでMo・のCl・に対する自責感をやわらげ、また、焦ってしまっては返って逆効果であることを説明し、日常生活上のCl・に対する具体的な対応を指導した。そのようなMo・の努力、姿勢に反応したCl・は、自らMo・に病院につれていってくれと頼み、Cl・自身が通院するようになり、面接場面において、社会に出る不安があること、でも今の生活には納得していないし、何とか頑張って進学したいこと、でもどうしたらよいのかわからないこと、などが少しずつ語られていった。18歳までは、月に一度の通院以外は外に出られなかったが、17歳頃から現実的に進学を考えるようになり、18歳の誕生日を機に母親と相談して、自分の学力、適性に合った公立の定時制高等学校を探し、現在2年に在籍するまでに至っている。
ひきこもりとは
ひきこもりの状態は、生活の流れが停滞し、止まり、生産的活動が停止した姿といえる。健康な人にとっては、意味がわからず、家族としては焦り、何とかしようとあらゆる努力をするが、効果はあがらず、硬直した状態が続く。
本人に聞くと、自分もこういう状態を何とかしたいという。これではいけないと思う人もいる。社会に出る不安があり、大人になりたくないとはっきりいう人もいる。何とかしたいとは思っているが、人からあれこれ言われるのはイヤだという。何かを求めているのだが、素直に人のことを受け入れることができない。自尊心が強く、自意識も過剰で、現実的に物事を判断することができない。現実感がないのではなく、現実が嫌なだけだと言い放つ人もいる。性格は、真面目で、几帳面、融通がきかず、傷つきやすい人が多い。
こだわりの中で生きる
ひきこもりの人は、外的な生活活動はできずにいるが、自分が生きていくために必要な生活の支え、誇り、人間としての尊厳、生きる意味、生きる目標、生きる価値にこだわっている。そこにこだわることができ、こだわり続けるのは、心が健康であるからに他ならない。自分にとって大切なもの、大切にしたいもの、守らなければならないものにこだわり、それを失わないように努力することが生きていることである。このような個別的で内的なこだわりが昇華されることにより初めて、外的適応、社会との接点が生まれることになる。
【2004年12月11日号】