医療の現場から子どもの心を考える
5.注意欠陥多動性障害の事例
岡田謙医師(関東中央病院 精神神経科部長)
はじめに
事例は、公立小学校の4年生に在籍する10歳の男子(以下Cl.と略)。学校内での器物破損、級友にカッターナイフを向けるなどして授業が成立しないなどの問題行動のため、カウンセリングルームからの紹介で筆者の外来を受診した。
Cl.は、幼稚園の頃から集団になじめず、教育相談所に通ったり、小学校入学後も児童相談所や教育センターに通っていた。障害児学級での学習を勧める学校側と、発達の遅れを受容できずに興奮して攻撃的になる母親との間でCl.の学校不適応は悪化を増していた。学校へも行けず、日常生活が硬直化し、母親は疲れきって抑うつ的になっていたため、Cl.の入院治療を提案し、7ヵ月間の入院治療を行い、退院後は障害児学級での勉強を再開した。入院時のCl.は、入院目的として「すぐカーッとなってしまう自分の性格を少しでも治したい」と語った。
経過の概要
不眠、感情不安定、発作的攻撃的行動に対しては、投薬治療を開始した。入院から4カ月は個室にて一日の行動観察、主治医と受け持ち看護師を中心とした人間的関わりを糸口に、Cl.の発達状況、対人関係パターン、学力、性格特徴などを分析、評価した。入院5カ月目からは6人部屋に移り、同室者や全ての看護スタッフとの関わり、病棟行事などへの参加させることで社会性を育てていった。対人関係は自閉的で、ゲームに熱中し、遊びのルールがなかなか守れなかったが、根気強い受け持ち看護師の関わりにより次第に成長していった。
その一方で母親は、Cl.の行動特徴を具体的に何度も説明し、発達のバランスの悪いことを主治医が話すうちに、発達に障害があることを少しずつ認めるようになり、退院時には、「学校生活の中で、本人の本当の能力、本当にやりたいことを知りたい。その上で、本人の進みたい道へ行かせてあげたい」と述べた。
発達の障害
多動で落ち着きがなく、注意の集中が困難で、授業中なかなか着席行動がとれず、教室を飛び出してしまう子どもがいる。手先が不器用で、身体のバランスが取れにくく、言葉で表現することが苦手で、感情の起伏が激しい。自分の立場や相手の気持ちが理解できないため、会話が一方的で対話が成立しない。好きなことには熱中するが、気が散りやすく、周りが見えず、積み重ねて考えることや応用力が身につかないため未熟で偏った考え方をしてしまう。このような行動特性のある子どもを注意欠陥多動性障害という。何もかもわかっていないわけではなく、本人なりに歪みを是正しようと努力するが、そのやり方が適切でないために余計バランスが崩れてしまう。本事例のように発達バランスの悪い場合は、個別の療育が必要となる。
生き抜く力
子どもの成長は、生きていくために必要な様々な能力が分化し、機能することで成し遂げられる。生活の中で自分が体験したことを感じ、考え、一定の結論を自分の力で出し、それを相手に伝える。相手がわかるように努力する。わからないとわかったら、なぜわからないかを考える。それでもわからなかったら大人にきいてみる。これが子どものコミュニケーションの基本である。この基本を身につけることにより自己表現、自己主張が可能となり心が成長していく。コミュニケーションの手段の一つに言葉がある。言葉をコミュニケーションの道具としてうまく使えない子どもを発達障害児という。成長に必要な適応能力が育っていないため、一つの課題を達成したり、一つのことを理解するために多くの時間や工夫を要す。心は色や大きさといった形態がないためわかりにくいが、本事例のように「自分を少しでも治したい」という言葉の中に、懸命に生きようとしている健気な子どもの心が読み取れる。
【2004年11月13日号】