■しがらみ断ち切る英断速攻型で
「行政改革は小泉内閣より先行」
かつて、城下町の会津若松を陰で支えてきた商人町の喜多方は、往時の繁栄を物語る数多くの白壁土蔵群の美しい街並みを残す。だが平成10年、白井英男現市長が選挙に立候補した当時、市の財政は累積赤字で破綻寸前だった。
以来、文字通り艱難困苦の切り盛りでようやく健全な姿を回復させた。今年2月、町村合併後の初選挙では野党からも支持されて新市長に当選した同氏へ胸の内を聞いた。
「初孫の誕生。それに2月の市長選で革新野党の方から頑張ってくださいと言われ、対抗馬なしで市民のみなさんから信任を得られたことでしょうか」。近頃で一番嬉しかったことを聞いたら、にこやかに答えた。
最初から政治家志望だったわけではないと言う。「長く中央官庁勤めでこのまま過ごすものと考えていましたが、突然、市長さんが面会にこられ『崩壊寸前の郷土を救って』と市長選立候補の要請を。悩んだ末、わが身を捨てふるさと再興をしなければという気持ちになりました」
白井市長の財政再建策は英断速攻型=B公共事業の抑制、支出項目を洗い直し、急がないものは保留。公共建造物などハコものを建てない。なるべく官から民に任せる。人材適所の能力主義など180度の転換をして実行した。
「小泉総理の改革より前に、喜多方市ではすでに行政改革を進行させておりました」といたずらっぽく笑う。
「昔から会津地方には、苦しくてもじっと耐える美徳がありますが、逆に無口でいるがために主張が足りずに相手と妥協してしまうことがあります。行政改革にはしがらみを断ち切る勇気が必要でした。現在、私の意思で使える財源が約10%になりましたが、まだがまんの時期です」
人生の師は伊東正義さんだと言う。「会津出身の偉大な政治家で、『こうしろ』とは一言も言わず、自分のやっていることを見ればわかる、と言われていました。信ずる道を進んだ方です」
そして今、現代の若者へは、多様な生き方を模索することを伝えたいと言う。「昔の会津のように『こうすべき、こうすべきでない』という強制はいけません。“人の道に背かない”という指針を持っていれば大丈夫です」
観光振興に力を入れる白井市長の「ふるさと自慢」は、雄国沼(おぐにぬま)の景観。磐梯山の西側、雄国山のカルデラ湖畔の湿原に年間280種の高山植物が咲き乱れ尾瀬沼と並ぶ。国の天然記念物に指定。麓の大駐車場から専用バスが観光客をピストン輸送しているため、誰でも気軽に楽しめるという。
<プロフィール>
白井英男(しらい ひでお)=1942年、喜多方市出身。
農林水産省入省、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官、大臣官房審議官、水産庁漁政部長を経て退官。
地方競馬全国協会常務理事から98年に喜多方市長選に立候補し当選。
06年2月に合併後の新・喜多方市長に当選。
趣味は歴史探索、太極拳。
太極拳の町を宣言し毎朝、市民と一緒に励行している。
【2006年6月17日号】