食に関する様々な問題がある中、遺伝子組み換え作物について、どれだけのことを理解しているだろうか。断片的な情報は知っていても、詳しくは分からないという人も多い。そうした中、北海道では平成18年1月から、遺伝子組み換え作物の栽培に知事の認可が必要となった。そこで、これを機会に、北海道バイオ産業振興協会(HOBIA)は、全国教室ディベート連盟北海道支部との共催で「北海道は遺伝子組み換え作物に関する条例を撤廃すべきである。是か非か」をテーマとしたモデル・ディベートを企画。2月18日、札幌のかでる2・7を会場に、北嶺中・高等学校の生徒8名が、肯定派(北海道のGM条例を撤廃すべき)と否定派(条例を存続すべき)に分かれて熱く意見を戦わせた。
ディベートの場合、最初に「立論」として、それぞれの立場の者が、論題に関してメリットとデメリットを提示する。続いて相手の立論に対して質問を行うのが「質疑」。質疑の時には、質疑者は質問するだけで意見を言わないのが決まり。そして相手が出してきた議論に対して反論をし、反論をされた議論を立て直すのが「反駁」で、この段階で新たな議論を出すのは反則となる。
今回のモデル・ディベートの全体的な流れは、左図にもあるように『肯定側立論』→『否定側質疑』→『否定側立論』→『肯定側質疑』→『議論の解説』→『否定側第1反駁』→『肯定側第1反駁』→『否定側第2反駁』→『肯定側第2反駁』という流れで進められた。
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まず、条例を撤廃すべきとする肯定側の立論からディベートを開始。肯定側が条例を撤廃することのメリットとしてあげてきたのは、農家の負担軽減。北海道で遺伝子組み換え作物(以下、GM作物)を栽培するには、条例により許可が必要となったが、国の厳しい審査を通過したものを条例で審査することは二重規制ではないかと意見を述べる。しかも、許可される、されないに関わらず、申請手数料が31万円以上かかることが農家にとって大きな負担であると主張。以上のことから、この条例は北海道でのGM作物の栽培を実質的に禁止するものだとした。
続いて将来の北海道農業とGM作物の役割を説明。2010年には、北海道の農家人口において65歳以上の人が34%まで増加し、後継者がいなくなるという問題をあげていった。2004年10月6日付の読売新聞に掲載されたGM作物を栽培すると1fあたり単価4万円のコスト削減につながるとした農家の人の意見を引用しながら、その解決策が除草剤の散布回数の削減や、安定した生産率を誇るGM作物の栽培にあるとした。しかし、条例によりGM作物の栽培が禁止されてしまうと、高齢化する農家の労働力不足に拍車をかけることになるとし、手数料の負担や認証手続きの手間を無くし、農家の負担を軽減するためにも条例は撤廃すべきと述べた。
続いて否定側質疑を行う生徒が壇上に立ち、質問を投げかけた。
否定側からの条例を撤廃することのメリットは、農家のコスト面や労働力の軽減を意味するのかという質問に対して、肯定側の生徒は、それだけでなく農家の負担の軽減によりスーパーマーケットの野菜が安くなる等、消費者へのメリットにもなると回答。
そして、31万円の手数料の条件をクリアして承認されれば、GM作物を作れるのではという質問には、申請手数料の大きさと国のガイドラインとの違いを考えればGM作物の栽培を実質的に禁止しているものだと回答していった。
そして、条例は撤廃すべきでないとする否定側が立論を開始。GM作物栽培により発生するデメリットは農業生産利益の低下であるという点から踏み込んでいった。
北海道の経済に占める農業生産の比率は、全国平均の2倍で、農業が重要であることは明らかだという。条例を施行したのは食の安全を守るだけでなく、他の都府県への優位性となる北海道ブランドを確立し、高い農業生産利益をあげることにあるとして、条例はGM作物が混入していない北海道のクリーン農作物を全国にアピールすることにつながると述べた。
続いてデメリット発生のプロセスを説明。条例が撤廃されるとGM作物が普通の作物に混入し、北海道の農作物に対する信頼が失われるとし、日本有機農業研究会会長である金井正氏の「北海道における遺伝子組み換え作物の栽培を禁止する条例の制定を求める要請書」から「遺伝子組み換え作物が栽培されるようなことがあれば、全農など農業団体や食品メーカーは国産であっても、遺伝子組み換えのものは仕入れないと言明している」と引用。
条例を撤廃すれば北海道以外の国や地域が、北海道の農産物を買わなくなるといった問題をあげ、一部のGM生産農家のために北海道および日本全体の農業を危険にさらす事態はあってはならないので条例は撤廃すべきではないとした。
そして今度は、肯定側が質疑に立ち、否定側立論を行った生徒に質問を投げかけた。
クリーン農業とは何かという質問には、化学肥料や科学農薬の使用を必要最小限に抑えるものと答え、除草剤を減らすGM作物はクリーン農業なのではという質問には、そうかも知れないが、北海道ブランドのイメージダウンになると回答。
GM作物は買い取り拒否にあうと言っていたが、これは本当に一切買ってもらえなくなるのかという質問には、資料によると全農などの農業団体や食品メーカーは、国産でも遺伝子組み換えのものは仕入れないと言明していると回答した。
こうして肯定側と否定側の立案と質疑が終わったところで、通常のディベートではないことだが、会場に参加した人にも、これまでの流れが理解できるようにと、北嶺中・高等学校教諭でディベートクラブの顧問である石山昌周先生から議論の解説が行われた。
肯定側は条例撤廃のメリットとして農家の負担の軽減をあげ、原則的に条例はGM作物の栽培を実質的に禁止するものだと主張した。その論拠となっているのは、国と北海道の条例で審査されるところに二重規制があると述べ、許可を得るにあたっては申請料として31万円を支払わなければならないことを示した。さらに、GM作物の有用性として、除草剤耐性を持つGM作物を栽培することで、農家の高齢化問題などに対応できるという事情が述べられた。
一方、否定側があげたデメリットは農業生産利益の低下。北海道において農業は重要な産業であるとし、条例を施行することで北海道ブランドを確立していきたいという意見が展開された。条例が撤廃されてGM作物が栽培されると、普通の作物に混入してしまう恐れがあり、消費者に不安をもたらすことで、北海道の農作物の信頼が低下するであろうと述べた。
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石山先生による解説が終わったところで後半戦に突入。反駁というのは相手の出した議論に反論を出していくこと。まずは否定側(条例存続側)の生徒が反駁を開始。
肯定側は条例によってGM作物の栽培が禁止されると言ったが、条例ではGM作物の栽培を禁止するとは言ってないと主張。農家の方が安全な耕作措置さえ取れば、今まで通りに栽培することができると述べた。
さらに、後継者不足解消のためにGM作物の栽培が必要なので条例を撤廃すべきと主張した肯定側の立論に対し、農家がGM作物を作っても消費者は買わないと反論した。消費者がGM作物に対して不安を覚えていることに関しては、2005年11月16日付の読売新聞に掲載された道民意識調査の結果を引用。それによると「GM作物を食べることに関しては82・5%が不安を感じる」と答えているとのこと。そして、農業団体や食品メーカーがGM作物は仕入れないと明言していることを再び紹介し、栽培しても消費者や農業団体はGM作物を買わないとした。
GM作物の栽培はメリットがあるといっても、一部の農家に対してのもので、北海道や消費者にとってのメリットにはつながらないので、条例撤廃によるメリットは小さなものであるとして第1反駁を終えた。
続いて肯定側が行った反駁では、条例は北海道ブランドの信頼性を維持する効果はあるかも知れないが、その反面、条例がGM作物への不安をあおっていると述べた。否定側が第1反駁で出した「道民の82・5%はGM作物を食べることに関して不安を持っている」と答えた調査結果に対して、その不安はGM作物を絶対に買いたくないというほど根強いものなのか、それとも、わずかに不安が残る程度のものなのか示しきれていないと反論。GM作物に対して漠然とした不安を持っていた人が、条例により、疑心暗鬼に陥る可能性を指摘。
さらに、GM作物を消費者は買わないと主張した否定側に対して、2005年8月22日付の日本農業新聞の「食品表示に関する消費者調査」を引用し、遺伝子組み換え原料を使った商品について72%が「特性によっては買ってみたい」と答えていることから、消費者の需要はあると述べた。
そして、否定側が第1反駁で、条例は栽培を禁止するものではないとしたことに反論。31万円という手数料が発生し、さらには植えた後の隔離距離が国の規定よりも2倍もあることから、農家の栽培しようという意欲を奪ってしまうので、原則的に栽培が可能でも実質的にはGM作物の栽培を禁止しているといわざるを得ない状況だとした。
そして、これまで出された質疑や肯定側の議論に答える形で否定側の第2反駁が開始された。
肯定側があげたGM作物はコストが軽減されるという意見に対し、消費者や全農などの農業団体が買わないのでは、仮に条例を撤廃してGM作物を作ったとしても、売れ残った分だけ利益は下がり、農家にかかるコストは変わらないと反論。
さらに、肯定側の第1反駁で、条例はGM作物が危険なものという風評をあおると述べられたことに対し、証拠資料が用いられていなかったと指摘。否定側の証拠能力の方が高いとした。
肯定側の第1反駁で用いてきたGM作物を72%が買ってみたいというアンケート調査の結果と、否定側があげた82・5%が不安を覚えるという道民意識調査の結果を比べ、肯定側の資料はインターネットで1000人の女性に対して行われたもので、否定側の資料は道民全体を対象としていることから、否定側の資料の方が証拠能力は高いと主張した。
そして、議論のまとめとして、肯定側が主張してきたGM作物の栽培は農家の負担を軽くするという意見は、GM作物が買われないのでは意味がないと述べ、条例の撤廃は北海道ブランドと呼ばれていた北海道の農作物の価値を無くし、北海道の農業を破壊することになるので、条例は撤廃すべきでないとした。
こうして否定側の発言は全て終了したが、これまで述べられた意見を受けて今度は肯定側が最後の反駁に立った。
これまで肯定側と否定側があげてきたメリットとデメリットについて、その大きさを比較して説明。否定側が出したデメリットは、全農などの農業団体がGM作物を取り入れないから農業生産利益が低下するというものだったが、農業団体がGM作物の買い取りを拒否するのは、消費者が買ってくれないからというのが理由。それに反論するため、肯定側が引用した72%がGM商品を買ってみたいと答えたアンケート調査の結果の方が正しいと主張した。その理由としては、否定側の資料にあった、GM作物の購入に感じる不安が、どの程度であるか示されていないのに対し、肯定側の資料では、回答者がGM食品を買ってみたいと明言していると説明。
そして、仮にGM作物を買ってもらえないとしても、GM作物は農家のコストを大幅に減らすことができるので、後継者不足で労働力の低下が心配される農家にとっては、それだけでも充分に大きなメリットになると主張。否定側があげてきた北海道ブランドが失われ利益が低下するというデメリットは根拠が無いものなのに対し、肯定側があげた農家の方の負担が軽減するというメリットは確実に発生することなので、条例は撤廃すべきとして第2反駁を終了した。
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肯定側と否定側の全てのディベートが終了したところで、会場の参加者に配られた判定シートを回収。その結果、有効投票数は46票で、肯定側34票、否定側12票で肯定側が勝利した。これは、どちらの議論に納得したかを示すものであり、条例撤廃の是非に答えを出すものではないが、短い時間の中で条例に関わる様々な問題が語られ、充実した内容のディベートとなった。
【2006年3月11日号】