文部科学省の調べによると不登校児童生徒数は増加傾向にあり、昨年度は小、中合わせて約13万9000人に上った。これら不登校児童生徒の中で、養護教諭による専門的な指導を受けた者は2万5000人、中学生では「適応指導教室」で相談や指導を受けた生徒が最も多いという。そこで、今回は東京都八王子市の適応指導教室の実践と、兵庫県高砂市立荒井中学校の保健室それぞれの対応を取材した。
兵庫・高砂市立荒井中学校
学校に戻る第一歩に
保健室が心の教室として機能
兵庫県高砂市立荒井中学校では、平成10年度に(旧)文部省の「心の教室」推進事業の指定を受け、保健室を「心の教室」と位置づけて、子どもの心の問題、保健室登校、不登校に対し校内全体で様々な取り組みが行われてきた。現在、同校の不登校生徒数(30日以上の欠席者)は16名、保健室登校生徒数は3年女子1名、2年女子1名、1年女子4名の計6名である。
保健室では「心の教室」としての役割を十分に果たせるよう、色、香、音を工夫し心が和むような環境作りに取り組んでいる。部屋全体は緑を基調としてコーディネートされており、室内には音楽科教諭が選曲したという静かな音楽が流れ、学校薬剤師が持ち込んだお香やポプリがかすかに漂う。校内全体の協力を得て、荒井中オリジナルの心の教室が完成した。
室内の一角には、衝立で仕切った保健室登校生徒用のスペースがあり、生徒たちの居場所となっている。登校してきたら、まず心のノートを開いて、約1時間自分を見つめる時間をもち、昨日のできごとや、今感じていること、今日1日どう過ごそうかといったことを思い思いに書き込む。養護教諭の荘所千代美先生はこの心のノートを見ながら子ども達の心の動きを探り、担任と連携を図りながら自然と教室へ足を向けられるよう働きかけを行っているという。
保健室登校の生徒は1日中保健室にいるわけではない。心のノートへの書き込みが終ったら、別室へ移動し、そこで教科担当の教師による個別指導が受けられるようになっている。同校では校内全体で保健室登校生徒への支援体制が確立されているため、養護教諭一人が1日中つきっきりで対応するということはない。ただ、別室にいけず保健室だけを居場所にしている生徒も若干いるので、その場合は強制することはせずに一人ひとりにあった柔軟な対応が図られている。
HP通じ不登校生徒へメッセージ送る
同校のホームページ上には「よちよち歩きの保健室」と題して、保健室の情報を発信するぺージが設けられている。その中で荘所先生が、「学校へ来られないあなたへ」というタイトルで不登校生徒へ向けてメッセージを送っている。堅苦しい内容ではなく、先生が優しく語りかけるような文章が日々の日記のように綴られていて心が和む。
「不登校生徒にとって学校は遠い存在です。学校に戻るための第一歩として保健室があることを子ども達に知って欲しいという思いから、保健室の様子を伝えたり君のことをいつでも待っているよといったメッセージを投げかけています」と荘所先生。学校ホームページを開設した当初は、このメッセージを読んだ子どもから直接先生宛てにメールが送られてくることもあり、その都度メールで相談なども行っていた。また現在でも頻繁に書き込みがあるという掲示板には、以前不登校だったという卒業生らが現在不登校に陥っている生徒に直接アドバイスを送るなど大切な交流の場にもなっているとのこと。
保健室の一角で心のノートを開く保健室登校の生徒たち
東京・八王子市
子どもの実態に合わせ
個別学習など柔軟に対応
早くから市内の中学校内に相談学級を設置し、学校へ行けない児童生徒への対応を行ってきた東京都八王子市では、平成7年より教育センター内に適応指導教室「ぎんなん」教室を、次いで平成11年に市立三本松小学校内に「松の実」教室を開設。学校へ復帰できるように、教育相談や個別学習などきめ細かい対応が図られている。
この適応指導教室には不登校が長く続いている児童生徒のうち、本人に通級の意思があれば、一定の手続きを踏んで通うことができる。現在、市内では約600人の不登校児童生徒がいるが、そのうち「ぎんなん」「松の実」それぞれの教室に各10人が通っている。「不登校の子どもたちが抱えている問題、状況は様々ですが、その中でも適応指導教室に通ってきている子は比較的学校復帰を果たせる子が多いです」と同教育委員会の清水哲也指導主事は話す。
適応指導教室では、それぞれの児童生徒の実態に応じて柔軟に対応が行われている。現在、同教室には小学6年生1名、中学1年生1名、中学2年生3名、中学3年生5名が通級している。個別学習のほかに、不定期ではあるがコンピュータルームでの学習や、理科室での実験、また卓球などのスポーツを通して、自然と友達作りにつながっていくケースもあるという。
この教室で実際に子ども達と接するのは、現場を退いた元校長4名(各教室2名ずつ)と指導補助員の学生たち。教育相談の部分や在籍校へのアドバイスを行う部分が大きく、単なる指導ではなく管理職としての経験が求められるからだという。
「学校復帰へのチャンスはなかなか難しいですが、それぞれの子どもの心理状態を把握して、その都度相談にのりながら機会をうかがっています」と指導を担当している中光正宣研究主事は話す。その間、家庭との連絡は密にとり、また学校へは出欠席の連絡、子どもの様子など毎月文書で報告が行われている。
適応指導教室が個別対応であるのに対し、以前から設置されている相談学級は主に中学生が対象で、ある程度集団活動を重視した活動が行われている。適応指導教室を経て、相談学級に入り、さらに学校へ復帰したというケースもあるそうだ。
不登校児童生徒のための小中一貫校を計画中
同教室に通う子どもの中には、1日来て次の日休むといった不規則なパターンの子どもも多い。そこで、不登校児童生徒への新たな取り組みとして、インターネット回線を使ってその日の教室の様子などを子ども達に文字情報で配信する試みなども試験的に進められており、今後本格的な導入が検討されている。「この教室に通っている子どもに対しては、毎日通うようにといった無理強いはできません。そこでこういったシステムを使い、少しでも教室に通いやすい状況を作ってあげられればと考えています」(清水指導主事)。
新たな不登校対策として同市では「ジュニアマイスター・スクール(仮称)」を計画。平成16年4月の開校を目指して準備が進められている。これは学校に行けない、行かない児童・生徒を対象に小中一貫教育の中で自分の学力に合った授業を選択しながら学習を進めていくというもの。コンピュータや伝統文化など自分の興味関心にあったさまざまな体験活動を行うことができ、正規の教職員以外に特殊な技能保持者や大学の指導者などの指導も受けられるという。
校舎は市内の旧小学校跡地を利用予定。今年4月に文部科学省へ特区申請が行われ、認定されれば設置に向けて本格的に始動する。初年度の入学想定人数は50人程度を予定。
認定されれば全国で初めての「不登校児童生徒のための学校」の誕生である。学校に行けない、行かない子ども達の選択肢がまた一つ増えることになる。
【2003年2月8日号2面特集】