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農業体験と総合的学習


学校で楽しく米作りを

 学校での農業体験は、総合的な学習の時間(以下、総合)の実践そのものだ。その中でも栽培が難しい米作りの過程には、様々な作業や工夫が集約されている。それらを体験することは国語、算数はじめ各教科を文字通り総合的に学習することになる。総合の指導的立場にある筑波大・谷川教授、農業体験、中でも米作りの先進的な授業に取り組んでいる東京都荒川区の善元先生、その指導をした宮城の専業農家・阿部さん。3者によって、米を題材にした総合の素晴らしさや広がり、子ども達の様子を語り合っていただいた。(協力=全国農業協同組合中央会)


 谷川 全国の小・中学校では今春から、総合が本格的に展開されています。これからの総合は豊かな展開ができると思うのですが、それは先生方の考え方によります。総合の経験豊富な善元先生は、どのようにお考えでしょうか。
 善元 先生方は授業の内容と結果が見えることに慣れていましたが、総合は結果が見えない。その戸惑いは確かに理解できます。でも結果は子どもと一緒に創る、先が見えないから面白いのだと、発想を代えたらどうでしょうか。
 谷川 総合は子どもの生活や生き方に根差す視点を持つべきですね。地域性を生かして、例えば農業や漁業を身近に感じてもらう視点を盛り込むなど。総合の題材として米作りを体験し、子どもの変化の様子はどうでしたか。
 善元 毎日食べているお米なのに、子ども達は誰がどのように作っているのかあまり関心がなかったところ、体験してからは自分達で調べるなど、米だけでなく農業にも関心を示すようになり、変わりました。米作りを社会科の勉強という視点でとらえると、どうしても農林漁業に共通する課題の方に視点が偏りがちですが、米作りはこんなに面白いものかと私自身の認識も変わりました。
 谷川 阿部さんは学校の稲作指導をした経験から、総合をどのようにとらえますか。
 阿部 米作り指導を通じて子どもと付き合う機会が多くなり、楽しみにしています。考えると、米作りを通じて全部の教科が学習できるのですね。イネは順調に生育するとは限らない。病害虫が発生したらどうするか。真剣に観察し、肥料を計算し、私に質問の手紙を書く。それは理科、算数、国語です。また日本の稲作の歴史を調べる、収穫した米を調理するのは家庭科。わらで工作もできます。
 谷川 都会の子が田植えをすることについて、どのような工夫をしましたか。
 善元 事前に阿部さんから、飢饉の時に我が身を犠牲にして種もみを守った江戸時代の義農・作兵衛さんの話をしてもらいました。教師の私が話すのではなく農家の方から聞く話だから、子ども達は真剣で感動していた。本物からは学ぶところが多いです。
 阿部 子どもが質問してくる。「田んぼの広さはどの位か」と。「10ヘクタールです」と答えても子どもにはピンとこない。そこで東京ドームの広さを調べ「ドーム球場の約2・5倍です」。生産量も「60トン」と答えるより「1000人が1年間食べる量」と答えると、「すご〜い」と反応する。子どもと付き合うことで私も勉強になります。

 谷川 昨今は安全性などの面から食品への関心が高まってきました。今後は総合を通して、食に関心を持つことの重要性をどう伝えたら良いと考えますか。
 阿部 お米や野菜は最も身近なもの。それがどう作られているのか知らないことに、お母さん方はもっと問題意識を感じてほしい。
 机上の知識だけで農業はできません。災害や病害虫、天候などに対応するのは智恵と工夫。学校の米がスズメに食べられて困った時、「カカシを作って田んぼを守ろう」と子ども達は提案した。大人に思いつかない発想ですよね。
 善元 周辺に田んぼがないのにスズメはちゃんと来る。まったく予想外だったけど、それも先が見えない総合の面白さの一つ。米作りを通して作る人と食べる人との関わりを持たせたかった。その体験から「米を作ることは命を守ることだ」と、子ども達は最後に言っていました。
 谷川 子どもを取り巻く生活環境の中で、命を育て、ものを作る文化を見直したい。授業は文化活動だと思う。米作りの授業は日本の文化伝承の意味があり、あえて実践する必要があると思う。先生方に新しい子どもの文化を創造してほしいのです。
 善元 お米もスーパーやコンビニで買える時代。でも土に植えただけの種モミが、発芽して生長してお米が実る。しかも同じ土壌で同じ育て方をするにも関わらず、前と全く同じ味のお米にはならないそうです。その自然の不思議さは体験した者でないと分かりません。いろいろ工夫したり調べたりするほど、米作りは奥が深いと感じます。
 阿部 古来のお米の味を再現したくて、できるだけ自然に近い方法を工夫したお米の栽培なども実験しています。日本のお米の歴史を調べると、弥生以前の縄文期にまでさかのぼる。当時は栽培していたのではなく氾濫した川原の跡地などに自生した、野生のお米を食べていた。他に食べるものがなかったからではなく、人間の体が欲する栄養素がお米に含まれていた、だからおいしいと思って好んで食べていたと思われます。
 収穫した米を土鍋で炊いたご飯を食べたある子どもは、何も味付けをしていないのに「おせんべいの味がしておいしい」と言いました。子どもは感覚で気付いているのです。だから我々も本気で子どもに良いものを伝える義務があると思います。      
 谷川 教育は子どもの成長や発達段階に合った内容を、適切な方法で行うべきものだ、と私は考えます。その意味から、米作りなどの体験は、発芽を理屈で理解してしまうのではなく心で不思議だと感じることができる年齢、新鮮な感覚で泥に触れられる時期でないと遅い。そこから興味・関心が芽生え、自ら学ぼうとする意欲が培われる。本当の学力とはそうしたところに根差しているものです。
 善元 子どもが自分で学べる、知りたいこと学びたいことを見つけられる、それには総合こそがふさわしい。そのためには工夫が必要です。子どもを夢中にさせるような、楽しい題材を探すことも大切です。
 谷川 本当の学力はどのようにして引き出すことができるのか。結果が決まっていない総合の実践では、失敗もあり得るのですが、今は失敗から学ぶ体験をさせる教育の機会がほとんどない。その点で米作りは、よい作物を育てるために試行錯誤し、智恵を絞ることの連続ですよね。
 阿部 種まきから収穫まで、米作りは自然が相手ですから、予測がつかない事態もある。どうやってそれを回避するかの過程を体験してほしい。米の特徴や処理対策を知らないと米は作れない。当然ですが子どもは真剣に調べ、専門家に問合せ、知恵を絞って問題を解決しようとします。
 善元 「泥の中にはミミズがいて気持ち悪い」、「でも冷たくて気持ちいい」など、知識より体験から得た自分の感覚を、子どもの時ほどたくさん引き出して覚えさせてあげたい。それが原体験であるし、確かな知識が育つ土壌となるのです。
 谷川 幼児期の特徴の一つが味覚の刷り込み。ファストフードの味しか知らずに育った子がいるとしたら、将来親になって子に伝えられるのはファストフードの味だけです。
 阿部 私は「フィールド・ミュージアム」を地元で実践しようと考えています。田んぼは米を生産するだけの場ではない、子どもたちの発見や創造の場にしてあげたいと考えたのです。お米だけでなく田んぼには様々な水生生物や昆虫がいる、それをねらって野鳥もやって来ます。
 谷川 地域はフィールド。そこに絵を書くように、新たな発想で農業にも夢が広がりますね。
 阿部 米を作る子どもの姿を見て、食糧・環境問題は自分達の問題だと、母親も気付いてくれるかもしれないと期待しています。
 谷川 食べることは人類始まって以来。食を通じた総合、米を教材にした実践は人間の一番深いところに根差しているもの。総合を長い目で温かく見守っていただきたいものです。

 −−有難うございました。

◎プロフィール        
 谷川彰英さん=筑波大学教育学系教授。総合の指導的立場にあり、特に「食」の視点を総合に取り入れた実践的な指導が注目されている。
 善元幸夫さん=荒川区立第四狭田小学校教諭。様々な総合の実践では先駆的存在で、米作りは7年前から子ども達と共に取り組んだ。
 阿部善文さん=宮城県で農業経営をする一方、学校での米作りも意欲的に指導。農業試験場出身でチャレンジ精神も旺盛。NHK教育番組審査委員。

(2002年11月9日号より)